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第一話:灰色のはじまり

雨は、嫌いじゃない。


昔は、ちょっと好きだった。


音がやさしいから。


ぽつ、ぽつ、ぽつ。


なんだか、世界がひとつにまとまる感じがして。


「……でも、いまはきらい」


アーニャは小さくつぶやいた。


駅前の屋根の下。


人が多い。ざわざわしている。


傘の色がいっぱい。


でも――


(うるさい)


頭の中が、もっと、うるさい。


(仕事だ、今日中に終わらせろ)


(あいつ裏切ったらしいな)


(ママにケーキ買って帰ろう)


(なんで俺ばっかり)


(殺す)


(殺す)


(殺す)


「……」


アーニャは目を細めた。


昔より、よく聞こえる。


いや、“見える”。


人の心は、言葉だけじゃない。


黒い。にごった、もやみたいなもの。


それが、人の中にある。


「アーニャちゃん!!」


後ろから抱きつかれた。


「ぐえ」


「久しぶりじゃない!もう、連絡くらいしなさいよ!」


「ベッキー……いきなりはんそく」


振り返ると、そこにはベッキー・ブラックベル。


昔より髪は伸びて、少しだけ大人っぽい。


でも、勢いは変わらない。


「はいこれ!新作のチョコ!一緒に食べるわよ!」


「わくわく」


ベンチに座る。


包みを開ける音。


ぱき、とチョコを割る。


「……おいしい」


「でしょ?これ、すっごい人気なのよ!」


ベッキーの心は明るい。


きれいだ。


黒いものが、ほとんどない。


(アーニャちゃん、元気そうでよかった)


(でも、ちょっと変わった……?)


「……なに」


「え?」


「ベッキー、なんか思った」


「えっ!?ちょ、ちょっと!それやめなさいよ!ほんとに読むんだから!」


「うん」


ベッキーはため息をついた。


でも、すぐに笑う。


「まあいいわ。それよりさ――」


声をひそめる。


「聞いた?“魔女”の噂」


「……しらん」


(しってる)


「なんかね、悪い人ばっかり消えてるんだって」


「ふーん」


「政治家とか、武器商人とか、あと裏の人間も」


「へー」


アーニャはチョコをもう一口。


甘い。


でも、少しだけ苦い。


(ちょうどいい)


「怖くないの?そういうの」


「……どうだろ」


ベッキーは肩をすくめる。


「正直ちょっとだけスカッとするのよね」


「ベッキー、わるいこ」


「ちがうわよ!」


ふたりで少し笑った。


そのとき。


アーニャの視線が、止まった。


駅前の横断歩道。


人の流れの中に、ひとり。


黒い。


いや、ただ黒いだけじゃない。


濃い。


重い。


沈んでる。


(時間だ)


(場所は確認済み)


(あとは撃つだけ)


「……」


「アーニャちゃん?どうしたの?」


「……なんでもない」


でも、アーニャは立ち上がっていた。


「ちょっとトイレいく」


「え?今?」


「すぐもどる」


歩き出す。


人の流れに紛れる。


その男を、追う。


(標的は女)


(高校生くらい)


(巻き込まれても問題ない)


「……」


心の中の“黒”が、濃くなる。


(ころす)


アーニャの足が、少しだけ速くなる。


角を曲がる。


人通りが少ない裏通り。


男も、同じ方向に入った。


(ここでいい)


「……」


アーニャは、距離を取ったまま止まる。


(撃つ)


その瞬間。


「――やめろ」


別の声がした。


低い。


静かな声。


「……誰だ」


男が振り返る。


路地の奥。


ひとりの男が立っていた。


スーツ姿。


整った立ち姿。


(邪魔者)


(排除)


銃口が向く。


アーニャの心臓が、一瞬だけ強く鳴る。


(あぶない)


でも。


男は、動かなかった。


「その仕事、降りろ」


「は?」


「その先は、地獄だ」


「……なに言ってやがる」


引き金が、引かれる。


乾いた音。


でも――


当たらない。


男は、もうそこにいなかった。


「なっ……!?」


気づいたときには、


背後にいた。


音もなく。


一瞬。


静寂。


そして――


「がっ……!」


男が崩れ落ちた。


銃が転がる。


動かない。


「……」


アーニャは、その光景を見ていた。


(なんだ、いまの)


速い。


無駄がない。


(ちち……?)


一瞬、そんな言葉が浮かんだ。


でも、違う。


目の前の男は、


ロイドじゃない。


「……見ていたな」


視線が、合う。


「……」


アーニャは、何も言わない。


男の心を読む。


(目撃者)


(子ども)


(どうする)


一瞬の迷い。


でも――


(放置)


「帰れ」


それだけ言って、男は去ろうとした。


「……まて」


アーニャが言った。


男が止まる。


「……なんだ」


「いまの、なんでやった」


「……」


「その男、わるいやつ」


「……そうだな」


「じゃあ、なんで」


「……」


男は、少しだけ考えて、


そして言った。


「放っておけば、誰かが死んだ」


それだけだった。


シンプルで、


でも、重い言葉。


「……」


アーニャは、何も言えなかった。


男は、もう一度だけこちらを見て、


そして消えた。


静かな路地。


倒れた男。


遠くの喧騒。


「……」


アーニャはゆっくり歩き出す。


(ころすやつ)


(とめるやつ)


(どっちもいる)


空を見上げる。


雨は、まだ降っている。


「……」


「めんどくさい」


小さく、つぶやく。


でも、その目は。


少しだけ、


鋭くなっていた。


「アーニャちゃん!遅いわよー!」


遠くからベッキーの声。


「いまいく」


走り出す。


日常に戻る。


でも――


(さっきのやつ)


(またあう)


そんな予感がした。


そして、その日。


アーニャはまだ知らない。


自分が、これから


“魔女”と呼ばれる存在になることも。


世界が、


もっと深く、黒く、


壊れていることも。


まだ、知らない。


(つづく)

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