プロローグ
『武器をとれ。居場所は守るものではなく常に勝ち取るべきものである。その手段は戦うことをおいて他にない』
――ハルダイン教『戦の書』より――
路上を走るのは炎の塊。
夏の夜空を赤々と染めるその光景は幻想的だった。
「あついよ。たすけて」
昨日までビル群や家々が建ち並んでいたはずの街。
いま視界を埋めつくすのはビルよりさらに背の高い炎のジャングル。
「おとうさん。おかあさん」
迷子だろうか。炎熱たぎる路上に取り残された小さな男の子。栗色の髪は煤で黒ずみ、白い顔も煤と涙で汚れ、服はところどころ焦げている。
他の者は皆避難したのか、それとも死んでしまったのか。車一台、人っ子ひとり見当たらない熱波地獄の中、幼い少年を炎と煙が取り囲む。
「あついよ。だれか……」
もはや少年は行くも戻るもできず、その場にしゃがみこんだまま幼い命を焼き尽くされようとしていた。
風が吹き、周囲の炎がまるで腕を伸ばすかのように少年に迫る。
「うあ……あ!」
爆発音が轟いた。
近くに駐められていた車のガソリンに引火したようだ。
それがきっかけとなった。
ひときわ高く噴き上がる炎が、少年目掛けて倒れ込んできたのだ。
炎そのものではない。燃え上がったどこかの家の塀なのかも知れない。
もう少年には声を出す気力もない。ただきつく目を閉じる。
逃げ場のない少年の頭上を、燃え上がる塀が覆い尽くし――