「呪いの令嬢」と呼ばれて婚約破棄されたので、本当に呪わせて頂きます~呪い?いいえ、神の祝福(因果応報)です~
「エレナ・フォルティス! お前との婚約を破棄する!」
王太子殿下の宣言が、王家主催の舞踏会場に響き渡った。
ついにこの日が来たのだ。
私――”呪いの令嬢”エレナ・フォルティスが断罪される日が。
周囲の貴族たちはざわめき、囁き合う。
皆の注目の的になった私は会場の中心で、優雅に一礼した。
「どういうことでしょう、アルフォンス王太子殿下」
驚く様子もない私に、王太子は冷たい瞳で告げた。
「理由は分かっているだろう? "呪われた令嬢"を、王太子として迎えるわけにはいかない!」
私は姿勢を正して前を向いた。
目の前の王太子も、彼の横で震える聖女候補の娘も、蔑むような父の視線も、すべて見通せる。
私の背後には、昔馴染みの侍女マリアが控えている。
彼女だけは、幼いころからずっと私の味方だった。
(ああ……、やはり今日なのですね)
婚約者である王太子の様子が、少し前からおかしなことには気づいていた。
私は覚悟を決めると、薄く微笑んだ。
◇ ◇ ◇
私は幼い頃から"呪いの令嬢"と呼ばれ、虐げられてきた。
花が枯れる、人が転ぶ、家具が壊れる――私の周囲では、次々と不吉なことが起こったからだ。
でも、実際には、この不幸は私が呪われていることが原因ではない。
私は7歳の誕生日の夜、夢で神からのお告げを受けた。
『エレナ、御前を聖女として認めよう。御前には、特別な加護の力を与える』
「かごのちからですか、かみさま?」
『そうだ。御前を虐げる者には相応の報いが、因果応報の報いがくだるだろう』
「え、でも、かみさま……!」
夢から醒めた幼い私は恐怖した。
両親は美しい金髪をしていたが、私は黒髪で生まれてきた。
それが不吉だと言って、彼らは私をことあるごとに貶めていた。
多くの使用人たちも両親の味方だった。
唯一、マリアだけが私を支え、守ってくれていたのだ。
(このままでは、お父様とお母様が、大変なことに)
幼い私は、虐げられても両親のことが大切だった。
因果応報の加護で彼らが酷い目に遭ってしまうことを怖れた。
実際、夢のお告げの数日後に、私の悪口を一番言っていた使用人が階段から転落した。
私は怯えて震えながら、必死に神様にお祈りした。
(お願いします。この力を、どうか発動させないでください!)
そのおかげか、小さな不幸は起こるものの、取り返しのつかない被害は防げていた。
何度かこの力のことを両親に説明しようとした。
けれど、父は聞く耳を持たず、母は信じず、周囲の者は馬鹿にして私を笑った。
理解してもらうことを諦めた私は、ただ耐え、祈る日々を続けていたのだ。
◇ ◇ ◇
こうして今では、私は"呪いの令嬢"として有名になってしまった。
公爵家の一人娘だった為に王太子殿下との婚約が決まったものの、彼はずっと私に冷たかった。
何度も歩み寄ろうとしたが、彼は最初から私と会話をしようともしなかった。
そしていつの間にか、聖女候補の娘セイラと親密になっていたのだ。
「アルフォンス様……、私、怖いんですぅ……。エレナ様は、呪いを……」
目に涙を溜めながら、セイラは綺麗な金髪を揺らして王太子に抱き着く。
華奢で愛らしい見た目の彼女に甘えられて、殿下は得意げに息巻いた。
「大丈夫だよ、セイラ。この僕が守ってあげるからね」
「殿下ぁ……!」
公衆の面前で二人の世界に入ろうとする彼らに、私は小さく溜息をつく。
なんというか、あまりにみっともない。
いいかげん止めに入ろうとしたところで、背後から父の大声が響いた。
「この恥さらしが! 家名を汚しおって!」
「そうよ! 貴女はフォルティス家にふさわしくないわ!」
私が驚いて振り返ると、父と母が汚らわしいものを見るような目で私を見つめている。
彼らは堂々とした足取りで、聖女候補の娘の元まで歩み寄った。
「私たちはセイラを養女に迎えることになっている」
「はいっ、お父様ぁ」
王太子に抱き着いたまま、セイラが甘ったるい声で父に応える。
「娘は一人で十分だ!」
「貴女はもう必要ないの。公爵家から出て行って頂戴、気味が悪い」
そのまま両親は、口々に私へ罵声を浴びせてきた。
聖女候補のセイラは子爵令嬢のはずだったが、まさか実家が養子縁組まで整えていたとは。
「旦那様、奥様、それはあまりにも……!」
ずっと私の後ろで控えていたマリアが、堪え切れないように一歩前へ踏み出す。
自分の主人でもある私の両親に、彼女は声をあげてくれた。
しかし、私はそっとその反発を制する。
「マリア、良いの」
「ですがお嬢様!」
「もう、良いのです」
私は小さく息を吐き出した。
両親には正直、良い思い出はない。
それでも心のどこかで、いつか関係が改善するのではと期待していた。
――けれど、彼らは私を完全に切り捨てた。
「これで全て、お終いにしましょう」
私は覚悟を決めると、真っ直ぐにアルフォンス王太子殿下、セイラ、そして両親を見つめた。
「王太子殿下、私は”呪いの令嬢”であると仰るのですね」
「そうだ! やっと認める気になったのか」
私は彼の言葉ににっこりと微笑むと、美しく一礼した。
「では、本当に呪わせて頂きますね」
そして私は、これまで抑えていた”因果応報”を全て解放した。
「き、貴様、一体何を――」
アルフォンス王太子殿下が顔を引きつらせながら口を開くが、言い終わらないうちに彼の頭上からシャンデリアが落ちてきた。
「ぎゃあああ!?」
「いやあああっ!」
セイラは自分だけ逃げだそうと、王太子殿下を突き飛ばした。
殿下は情けなく転倒し、シャンデリアの下敷きになりながら床で顔面を強打した。
「ぶべっ!!」
そのまま彼は動かなくなった。
指先はぴくぴくしているので、生きてはいるだろう。多分。
会場の空気は完全に凍り付いた。
重く淀んだ沈黙を破ったのは、セイラの悲鳴のような金切り声だった。
「何なのよ、もうっ!!」
彼女は倒れ伏す王太子殿下には目もくれず、苛立たし気に髪をかきあげる。
その瞬間、セイラの付けていた聖印のペンダントが爆発した。
「みぎゃ!?」
それは聖女だけが付けることを許される――とかいう聖遺物らしいが、見事に木っ端みじんだ。
爆発のせいで煌びやかだったセイラのドレスもボロボロになり、髪までチリチリになっている。
「ちょっと、なんなのよ、キイイイイッ!!」
怒りに任せて地団太を踏むセイラへ、一部の貴族たちがざわめく。
「まて、聖印のペンダントがどうしてこんなことに……」
「まさか聖女様は、偽物なのでは!?」
その声が聞こえたのか、セイラははっとして、か弱い少女のように目をウルウルさせた。
「ち、違いますうっ……、これも、きっと、エレナ様の呪いのせいで」
しかし実際に、聖遺物と言われていたものが爆発してしまったのだ。
貴族たちの目線は冷たい。
「信じてください! 私は聖女です! 呪われただけなんです!!」
暫くセイラは健気な聖女のように振舞っていた。
けれど、いつまで経っても好転しない状況に、ついに舌打ちを零した。
「チッ、だからぁ! あの気味悪い女が全部悪いんだ――」
「国王陛下、緊急事態です!!」
セイラが言い終わる前に、舞踏会会場の扉が勢いよく開く。
飛び込んできた近衛兵士が勢い良く叫んだ。
「フォルティス公爵家の不正が発覚しました!」
「げっ!?」
「ちょっと、いい加減なこと言わないで!」
王太子殿下とセイラの惨状を呆然と見つめていた両親は、我に返ると怒鳴りだす。
「確かな横領罪の証拠があります。それに、偽聖女計画も――!」
「なんだと!?」
玉座でずっと一連のやりとりを見守っていた国王陛下は、近衛兵士の報告に青ざめた。
受け取った報告書を眺めて、険しい表情を浮かべている。
「フォルティス公よ……、お主、なんということを……」
「お、畏れながら陛下! 貴方様だって、殿下の妻は気味の悪いエレナよりも、セイラの方が望ましいと……」
「ええい、やかましい! 早急にこの不届き者たちに処分を!!」
会場の中心部で大騒ぎが起こる中、周囲の一部の貴族たちも阿鼻叫喚の状態だった。
みんな、私を貶めたり虐めに加担した者達だ。
彼らにも床が割れたり家具が倒れてきたり、収拾のつかない大惨事となっていた。
「あらあら、大変なことになってしまいましたわね。マリア?」
私はゆったりと、その様子を眺めていた。
「お嬢様、しかし、この騒ぎは一体どういたしましょう……」
不安げなマリアに、私は優しく微笑む。
「大丈夫ですよ。そろそろ、降臨されることでしょう」
「えっ」
私の言葉通りに、会場に白い聖なる光が降り注いだ。
その清らかさに、騒いでいた者達も言葉を失って硬直する。
『本物の聖女を貶め続けた、愚かな者達よ』
会場内に、低く威厳のある神の声がこだまする。
『私がエレナに与えた加護は”因果応報”。罪あるものが、罪の分だけ裁かれる力だ』
セイラが憎々し気に空を睨み、両親は膝をついて泣きながら祈り続けている。
『国王よ。これで真実が分かっただろう』
名指しされた国王陛下はハッとして、服従するように地に伏した。
「はっ、分かりました。偉大なる神よ!」
『誤るな。正しき行いをせよ』
それだけの声を残して、聖なる光は消えていった。
国王陛下は顔をあげると、すぐに声を発した。
「神を愚弄した罪人達へ、今すぐ厳罰を!!」
陛下の号令で、すぐに近衛兵士たちがアルフォンス王太子殿下、セイラ、両親を取り囲む。
「アルフォンスは王位継承権を剥奪する。北方辺境の修道院へ行き、生涯王都へ戻ることは許さん!」
「……しょ、しょんな、ちちうえ」
ふらふらの状態で王太子殿下は抗議の声をあげるが、陛下は聞く耳を持たない。
次に処分を言い渡されたのは、偽聖女であることが露呈したセイラだ。
「子爵令嬢セイラは偽聖女として神を騙った罪により、神殿の地下牢へ投獄せよ。余罪を徹底的に調べるのだ。二度と太陽の光を見られると思うな!」
「ちょっと、騙されないでよ! だから、私! 私が本物の聖女!」
「黙れ、汚らわしい悪魔め!」
「ぐぬぬっ」
周囲からは、セイラに白い目が向けられている。
そして最後に、陛下の鋭い視線が私の両親を射貫いた。
「フォルティス公爵家は不正と国家反逆の罪により爵位を剥奪する! 財産は全て没収し、フォルティス夫妻は終身刑として王国牢に連れていけ!」
「お待ちください、陛下!」
「これは何かの罠です。そこにいる呪いの娘の陰謀です!」
「黙れ!!」
見苦しく喚き散らす二人を、陛下が一喝した。
「お前達は神の御言葉を聞いていなかったのか。これ以上不敬な言動を重ねるなら、死刑にするぞ!」
「ひいっ」
陛下の剣幕に両親は縮み上がった。
「さあ、全員連れていけ!!」
そのまま王の号令で、近衛兵士たちが罪人を舞踏会会場から連行していく。
「た、助けてくれ、エレナぁ! 俺のことが好きなんだろ!?」
「そうだ、父を見捨てる気か、エレナよ!!」
アルフォンス殿下と父が、縋るように私の方を見つめてくる。
――不思議と、もはや何の同情の気持ちもわいてこない。
「いえ、私は婚約破棄され、不要な娘と言われた身ですから」
私は彼らへ柔らかく微笑んだ
「貴方がたとは、既に他人ですわ」
彼らの表情が絶望に染まる。
そのまま抵抗虚しく、彼らは会場から消えていった。
大騒ぎする罪人たちがいなくなり、会場は静まり返った。
国王陛下は咳払いすると、媚びるような笑みと共に私の方へ歩み寄ってくる。
「……今まで不遇な扱いをしてすまなかったな、真の聖女エレナよ」
「いえ、陛下」
「不届きもの達は皆、処分した。どうかこれからも、聖女の力で神と通じて我が国を……」
「お待ちください!」
よく通る凛とした声が、会場内に響き渡る。
発言を中断された国王は憤慨し、声を荒げた。
「無礼な! 誰だ!?」
「私ですよ。トライデル国王陛下」
「なっ……貴方は!!」
その姿を見た瞬間、国王陛下は真っ青になった。
会場の扉を開けて現れたのは、煌びやかな礼服を纏った美貌の青年だった。
そして、その特徴的な艶やかな青い髪が、彼が何者であるかを証明している。
「リーバルト国王子殿下!!」
彼は隣国の超大国、リーバルト国のサイラス王子殿下だ。
「今しがた到着したのですが……随分と面白いものを見せて貰いました」
サイラス王子殿下は髪と同じ綺麗な青い瞳を細めながら、私の元へと近づいてきた。
「我が国は何より心の美しさを重んじています。貴女の祝福は大変すばらしい!」
「……光栄に存じます。けれど、そのせいで大騒ぎになってしまいましたわ」
「それは、エレナ様の御力を活かすことのできなかった愚か者たちのせいでしょう」
サイラス王子殿下は、ちらりと国王陛下を見やった。
その呆れと失望の入り混じった眼差しに、陛下は気まずそうに顔を顰める。
「もう貴女を”呪いの令嬢”と呼ぶ者はいない!」
「ふふ、ありがとうございます。それでは、何と呼ばれるのかしら」
私はサイラス王子殿下の紳士的な態度に、少し胸が高鳴っていた。
そしてつい、そんな冗談交じりの台詞を口にしてしまう。
しかし彼は暫し真剣に考え込んだ後、ぽつりと返した。
「神に愛された令嬢、などいかがでしょう」
「まあ。それは少し、重すぎますわ」
私がくすくすと肩を揺らすと、サイラス王子殿下は私の手をそっとすくいあげる。
そして真っ直ぐ瞳を見つめながら、こう告げたのだ。
「では、私の婚約者などいかがでしょう」
「えっ」
予想外の言葉に固まっている私に、彼は畳みかける。
「実はエレナ様の凛とした立ち振る舞いと健気なお姿に、心を奪われてしまったのです。幸い、貴女様は先程、婚約を破棄された御様子。いかがでしょうか」
「あ、あの、私がですか――!?」
「待つのだ、聖女エレナ! 隣国へ嫁ぐなど……!」
「良いではありませんか! 素晴らしいですっ!!!!」
国王陛下の制止の声をかき消す勢いで、マリアが叫んだ。
「こら待て、不敬で」
「そもそも、あのアルフォンスとかいう馬鹿王子は気に入らなかったのです。エレナ様を散々蔑ろにして! それを黙認する馬鹿国王も!!」
「んなっ!?」
マリアは積年の恨みを晴らすが如く、肩を怒らせながらふんふんと息巻く。
本来ならば、即処刑レベルの大暴挙だ。
しかし隣国の王子が傍にいる今、国王陛下は怒りに震えながらも何もできないでいる。
「その点、サイラス王子殿下であれば安心です。素晴らしいお人柄であるとの評判は、いつも聞き及んでいます。お嬢様、御決断を!!」
「マリア、そんな……。勿論、とても光栄なことよ。でも、あの、ええと」
私は改めて、サイラス王子殿下を見つめた。
彼は優しく慈しむような眼差しで、私を見守ってくれている。
この胸の高鳴りは、初めて感じるものだった。
「どうかお願いします。私にチャンスをください、エレナ様」
そっと微笑むサイラス王子殿下に、ついに私は頷いた。
「はい、私で良ければ、宜しくお願い致します」
「ありがとう!」
私が答えた瞬間、サイラス王子殿下は声を弾ませながら、私を抱きかかえた。
「では今すぐ、リーバルト国へ行きましょう。父にも貴女を紹介しなくては!」
「今からですか!?」
「貴女をこんな場所に、これ以上置いていけません」
サイラス王子殿下に抱き上げられたまま狼狽える私に、マリアが涙ぐむ。
「お嬢様……良かった。本当に良かったです。どうか、幸せになってくださいませ」
今生の別れのような彼女の口ぶりに、私は慌てて声をあげた。
「な、何を言っているの、マリア。貴女も一緒に行くのよ!」
「ですがお嬢様、このマリア、ついうっかり国王陛下に暴言を吐いてしまいました。高貴な御方に仕える者として大きな失態です。それに一介の侍女が、隣国までお供するわけには……」
「馬鹿なことを言わないで。貴女はただの侍女じゃないわ。私の家族よ!」
「お嬢様!!」
「ええ。マリアさんも、是非、我が国にいらしてください」
こうして私たちは、颯爽と舞踏会会場を後にした。
後に残された国王陛下が何か叫んでいた気がするが、誰も聞いてはいなかった。
「私の祝福は”因果応報”。私をこれだけ幸せにしてくださったサイラス王子殿下には、きっと素晴らしいことが起こりますよ」
「ありがとうございます。でも、私は祝福など無くても、貴女を幸せにしてみせますよ」
「ま、まあ!」
かつて“呪いの令嬢”と呼ばれた私。
けれど、今は――”神に愛された令嬢”として、新しい未来へ歩き出すのだった。(終)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも「スカッとした」「エレナを応援したい」と思っていただけたら、とても嬉しいです。
もしよろしければ、作品ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価を入れていただけると励みになります。
「読んだよ」の印に★を押していただけるだけでも、とても嬉しいです。
ブックマークや感想も大歓迎です。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




