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潰えた希望を、胸に。

 黒衣の男――ヴェンタ・ドレイヴンは、倒れた『❘雷鳴の蒼翼らいめいのそうよく』たちの方へと歩いていく。裾の擦れた黒コートを身に纏い、黒いブーツで崩れて消えていくデスナイトを踏みつけて。

 タクトの傍まできたヴェンタは、足先でタクトの肩を小突いた。身体が揺さぶられて、タクトは短く呻く。


「呼吸あり。運が良い」


 次にヴェンタは、鉄の棺を置いて、アイリスの目の前へしゃがんだ。アイリスが腰に下げた棺型のポーチから鍵を取り出して、眺める。彼が被ったピークドキャップの下から、冷たい蒼の瞳が覗いた。


「ケルンの銀鍵……アイリス・ケルンか。まだ生きていたんだな」

「ガルドレイン大陸唯一の金鍵であるヴェンタ様。私のことをご存知なのですね?」


 地面にへたり込んだまま、アイリスはヴェンタを見上げる。

 冷え切ったアイリスの指先に、大きなヴェンタの手が重なった。


「ハイムルド内部への探索許可が出た埋葬者でも油断は禁物だ。……無理はするなよ」


 ヴェンタは口元を緩めてふっと笑った。ポーチに鍵を戻して、アイリスに投げ返す。先ほどまでの冷徹な雰囲気は、今は感じられなかった。


「全てを基本通りにする必要はない。見ておけよ」


 彼はアイリスの肩を叩くと、商人たちの死体の方へと歩いていく。


「触るぞ」


 商人の傍まで来たヴェンタは、短くそう告げた。彼の手がまばゆく光る。アイリスが埋葬する時よりも強い光だ。


「……死の固定が終わっているな。お前がやったのか?」

「はい。助けを呼んでもらっている間に」

「なら記録済みだな」


 ヴェンタは腰に下げていた小さな杭を二本取り出すと、死体の胸に打ち込んだ。「カンッ」と固い音がして、何かが砕ける。


「死亡確定。……じゃあな」


 そう言って、ヴェンタは背負った鉄の棺の中に商人たちの遺体を押し込んだ。


「……それだけ、なのですか?」

「これでもまだ長い方だ」

 棺の蓋が閉じられる。

 ――と、ヴェンタは振り向きざまに、手に持った大きな銀杭を後ろに向かって突き出した。風切り音と共に、地面の砂がはじけて土埃が上がった。


「――っ。な、にっ……。……ちょっと、こわい、じゃんっ!」


 杭の先には、あまりの衝撃に固まってしまっているクツがいた。彼は尻尾を丸めている。腰が引けて、地面にお尻をつけて震えた。


「ロスト級の魔物のくせに喋る犬っコロ……。報告にあった観察対象か」

「何それ! オレにはクツって名前があるんだぞ! 納得してないけど!」


 威嚇するクツに対して、ヴェンタは鼻で笑う。しかし、それ以上挑発することはなく、彼は杭を引いて鉄の棺を担いだ。


「助けを呼んでくれたのですね?」

「うん。いらなかったっぽいけど……」

「いえ。これから必要になりますよ」


 アイリスはそう言うと、崩れて消えたデスナイトが倒れていた場所に落ちている護符を拾った。

 ヴェンタは目を細める。


「それを何に?」

「報告のために回収しておこうかと。なにか問題でも?」

「いや。それなら良い」


 アイリスは首を傾げた

 ヴェンタは構わず、アイリスに向かって小瓶を投げ渡す。


「回復薬だ。勇者パーティに使ってやれ」

「っと、と。ありがとうございます。……ヴェンタ様は?」

「俺はもう行く」


 ヴェンタはくるりと踵を返す。

 ふと、彼の蒼の瞳がタクトを捉えた。正確には、彼の胸にかかった護符に、だ。


「そいつに護符は外せと伝えておけよ?」

「何故です?」


 ヴェンタは、ローデルンの町の方へ向けて目を細める。冷たい風が吹いて、彼のコートを翻した。


「見りゃわかるさ。……じゃあな」


 彼はゆるりと手を振って、去っていった。


 *


 しばらく後、アイリスはタクトたち『雷鳴の蒼翼』と共に、埋葬者協会ローデルン支部にて報告をしていた。


「むちゃくちゃ強いファング級のデスナイトだった。俺たちだけじゃ、どうしようもなかったところを、もっと強い埋葬者の人が助けてくれてさ」

「こちらがそのデスナイトのつけていた護符でございます」


 アイリスとタクトはそう言って、ボロボロの護符を差し出した。

 ロアンは護符を見て、眉を顰める。


「……わかった。流石のお前でも苦戦する案件だったとは。悪かったな、アイリス。『雷鳴の蒼翼』の三人にも感謝を」

「おかげで深域埋葬者の埋葬を見ることができましたから」

「――そうか」


 ロアンは微笑むと、アイリスたちの背を押して出入り口の方へと連れていく。

 

「さ。お前たちの帰還祝いだぞ。『三日月亭』に集合だからな?」

「え? おごり? マジ??」

「しょうがねえな。そうしてやっから、さっさと準備しておけよぉ?」


 『雷鳴の蒼翼』の三人は我先にと協会の出口を出て行った。アイリスも、抱きしめていたクツを撫でながら、彼らの後について協会を後にした。

 残されたロアンは、受付で記録をまとめているノエルに声をかける。


「ノエル。記録をまとめてくれ」

「わかりました」


 *


「どういうことなのですか?」


 次の日、アイリスは埋葬者協会の受付前で声を上げていた。

 彼女の手には、踏みつけられた護符がある。


「みんな広場の埋葬者協会の新聞見てから、この布を捨てるようになっちゃったんだよ!」


 クツは口に咥えていた紙を机に置く。

 そこには一人の青年の絵が描かれていた。金色の髪に、碧い瞳。精悍な顔立ちで、銀の鎧を身にまとっている。

 その胸には、円環と星と剣の描かれた護符。


「ルシウス・アステル。この町の出身じゃ最初の勇者だ。……その彼が、強力な魔物になった。被害こそ多くなる前に仕留められたが、報告は必要だ」

「故に、あれを許しているというのですか?」


 アイリスの視線の先では、町の人々が次々と護符を投げ捨てていた。彼らの目に浮かんでいるのは、嫌悪だ。

 ロアンは首を横に振る。肩をすくめながら、苦笑した。


「しょうがないんだよ。この町はもともと《《織りの町》》だった。護符を作りだしたのは、勇者ルシウスのおかげだった。それが魔物化したともなれば、こうなるのも必然だったのかもな」


 アイリスは唇を引き結んだ。しかし、ロアンの言葉には反論することなく、埋葬者協会を後にする。


「わかっただろう?」


 協会のドアの脇に、ヴェンタが立っていた。

 担いでいた鉄棺に寄りかかり、腕を組みながら、護符を捨てている人々を眺めていた。


「全部、知っていたのですか?」

「いや? だが、前線近くじゃ、似たような景色を何度も目にしてきただけだ」


 ヴェンタは、うつむくアイリスの肩を叩いた。


「死んだら、全てが終わる。人も、草木も、動物も。生きているうちに、全てが決まっちまうんだ。魔物なんてのは、死んでるくせに動いてる変わりモノ。……さっさとご退場願った方が良いんだ」

「私はそうは思いません」


 アイリスは、腕の中で丸まっているクツを、毛並みに沿ってゆっくりと撫でた。

 彼女は真っすぐに、ヴェンタの蒼い瞳を見つめる。


「死は尊いものです。人は死によってその価値がようやく決まるのです」

「おーい! アイリス!」


 町の向こうから『雷鳴の蒼翼』の三人が駆け寄ってきた。息を切らす彼らの胸には、円環と星と剣の護符が下がっていた。


「はぁ、はあ……アイリス。見ろよ、これ! 俺は! この護符を! 使うからな!」

「こいつ、真っ赤になって怒ってたんだ」

「全く。こんなかっこかわいい護符、どうして捨てちゃうのかしら?」


 三人は口々に話している。

 アイリスは微笑んだ。握りしめていたデスナイトの護符を見る。ひどくボロボロになっているが、大事に使われていたようだ。


「私はこれからも、埋葬者を続けます。いつか、この世界の価値が決まる、その時まで」


 アイリスは笑うと、ポーチから銀の鍵と共に護符を吊るして、首から下げた。

 ヴェンタは大きく瞬きをする。大きく息を吐き、ヴェンタは肩をすくめた。


「……死に急ぐなよ」

「当然です。鍛えてますので」


 アイリスは笑った。

 日の光を受けて、銀の鍵と星の刺繍が光る。

 ――埋葬者の旅は、続く。

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