勝利の凱歌を、虚空に。
「ってことは、アイリスと……ブラックドッグのクツ? はそのデスナイトの被害者の埋葬に来たんだな」
「そういう貴方たちは、デスナイト案件の勇者たちではないと?」
「まだ駆け出しだからな。今はこれの帰り」
タクトはにっと笑って、大きな袋を振ってみせた。袋が揺れるたびに、薬草のスッとした香りが漂う。
アイリスは煙のように消えていく魔狼へ合わせた手を解き、ボンネットへ手を添えた。
「何故、その帽子を?」
クツを撫でまわしていたアレスは、首を傾げた。
「そういや、埋葬者って目立たない方が良いんじゃ? 戦わねえんだろ?」
「かわいいでしょう? これ」
難しい顔のタクトと、クツを放してそっぽを向くアレス。
そんな二人を押しのけて、レイネはアイリスに詰め寄った。
「もちろん、かわいいわ! どこで買ったの? ローデルンじゃ売ってないでしょ?」
「全て私の手作りでございます」
アイリスはにこっと笑う。
レイネはさらに目を輝かせて、アイリスの両手を取った。
「すごいじゃない! ねえ、あたしのローブも作ってよ。デザインはするから!」
「私でよろしければ――」
「先に、離れた街道沿いにある商人の埋葬しようぜ」
楽し気に話している二人をよそに、男たちはクツの肉球を触りながら二人がはしゃいでいるのを遠巻きに見ているのだった。
*
街道沿いまで戻っていくと、やがて壊れた幌馬車の残骸が見えてきた。
商人たちの死体も、荒らされることなく残っている。
「間に合ったようですね」
アイリスはほっと胸を撫でおろした。
彼らを棺に収め、街道から離れた場所まで運ぶ。
タクトたち『雷鳴の蒼翼』の三人は、散らばって辺りの警戒をしている。
「衛兵の方が死んだのは後なんだろ? あっちの方が先に魔物化しそうなのに、どうして?」
タクトはアイリスの後ろを警戒しながら、棺の中の商人たちを指した。
穴を掘っていたアイリスは、手を止めてタクトの方を見上げた。
「衛兵様は町を守るのが仕事だからです」
タクトはアイリスの方へ振り返った。
彼と目が合う。エメラルド色の瞳が、日の光を受けて光った。
「強い想いを持った方は、魔物になるのが早いのです」
「守るために戦って、死んだのに?」
「だからこそ、我々がおります」
タクトは、胸に下げた護符を握りしめた。
アイリスは目を細める。
「これさ。ローデルンから旅立った勇者が持ってた護符なんだ」
「町のあちこちで売っていました。城門の上にもこの紋章が。勇者様の持ち物だったのですね。その方は?」
「……一度も帰ってきてないって」
アイリスはシャベルをぎゅっと握りしめると、再び穴を掘り始めた。
突然、クツの耳がピンと立つ。
「……アイリス」
ざわり――。
黒い霧が辺りを包んだ。夜になったかと思うほど、周囲が暗くなる。
霧の奥で何かが揺れた。
「上だ!」
アレスが叫ぶ。
ガキン! と、火花が散った。
突き飛ばされたアイリスの視界に、散った火花に照らされた剣の主が飛び込む。
薄汚れた白銀の鎧を纏った男。しかし、兜から覗く肌は青白く、赤い瞳が光っていた。
「デスナイト――」
「アイリス!」
タクトが叫ぶ。それと共に、剣のぶつかる金属の音。
散った火花に照らされて、互いに胸に下がった円環と星と剣の紋章が浮かびあがった。
「あの護符は!」
ぶわっと黒い霧が斬り払われる。
デスナイトの全身が露わになった。
2mを超える巨体。背には破れたマントをつけて、だらりと下げた手にはこれまた巨大な剣を携えていた。
――そして、胸には『ローデルンの勇者』が持っているとされる護符。
くすんでボロボロになった護符は、タクトの持つものと比べても明らかに古いものだ。
「オオオオォォォォ!!」
デスナイトが号哭する。
アイリスの全身に鳥肌が立った。見えない重力に押しつぶされるように、身体がかがんでいく。
腕に抱えたクツもアイリスのお腹に顔を隠して震えていた。
「なあ。こいつってファング級だよな。こないだのスケルトンって何級だったっけ?」
そんなアイリスとクツをよそに、タクトは声を上げた。バスタードソードを地面に突き立てて、ゆっくりと立ち上がる。
アレスもフードの下の顔をしかめて、右手を軽く振った。
「ロスト級だ。さっきの魔狼がファング級に足かかってる程度として、その下。一番低い等級の魔物」
「ははっ! 俺たち、さっきファング級倒したのか。じゃあ、いけるか」
からっとタクトは笑うと、護符を手にかけた。
「埋葬者様が俺たちの後ろにいてくれるってさ。頼もしいよな」
「ああ。《《アレ》》にはならずに済むんだろ?」
アレスは顎でデスナイトを指す。
そして。
へたり込むアイリスの前に、タクトとアレスは並んだ。
剣を持つ二人の手は、小刻みに震えている。
「タクト様、アレス様……」
「安心したわ。やっぱ、あんたも死ぬのは怖いんじゃない」
二人に伸ばしたアイリスの手が、レイネに取られた。
彼女はアイリスの手を引いて、街道沿いのアイリスを茂みの中へと隠す。
「ローブ作りの約束、守ってね」
大きな木製の杖を手に微笑むレイネの笑顔は、強張っていた。
すぐに、レイネの魔法の詠唱が始まる。
――私は私にできることを。
「クツ。勇者ギルドと埋葬者協会に連絡を」
「わ……かったっ!」
クツは茂みから飛び出して、ローデルンの城門へ向けて駆け出した。
アイリスは茂みの中からこっそりと棺に近づいて一握りの土をかけた。
「この方々は亡くなりました。行商人コルネ、御者ユルド。……すぐにまた、埋葬に伺います」
ぽうっと二つの遺体の胸が光る。
それを確認すると、アイリスはデスナイトと『雷鳴の蒼翼』の戦いを見守った。
*
決着は一瞬だった。
アレスはデスナイトの突進を受けて倒れ、レイネは詠唱を終えることなく突きに崩れ落ちた。
タクトはバスタードソードを振りかざして突撃したが、はるかに巨大なデスナイトの大剣によって斬り倒された。
「くそ。やっぱ厳しい、か……」
アイリスはぎゅっと手を握る。足は動かなかった。
「オオオオ……」
デスナイトの赤く光る瞳がアイリスを捕らえる。
重たい金属の音と共に、デスナイトが近づいてきた。
ゆっくりと、巨大な影がアイリスの隠れる茂みを覆う。
そして、大剣が振り下ろされた。
カンッ――。
デスナイトの胸を、巨大な銀の杭が貫いた。胸に下がる護符の糸が切れる。
大きな身体が横倒しに倒れる。
「いざとなったら金鍵を呼べ。教わっただろう?」
その向こう。光を背に、黒いコートの男が立っていた。
冷たい蒼の瞳と、胸元の金色の古い鍵。
左肩に黒い鋼鉄の棺を担いで、右手でデスナイトの胸から銀の杭を引き抜いた。
「深域埋葬者。ヴェンタ・ドレイヴン様……」
アイリスは急いで茂みから出て、頭を下げるのだった。




