勇者たちの雄姿を、目に。
翌日。
アイリスは衛兵の遺体を埋葬するために、森の中を歩いていた。
前回の埋葬時と違い、水色のリボンがかけられた黒いボンネットを被っている。
クツはアイリスの隣をテチテチと歩きながら、ため息を吐いた。
「あー……ヤダヤダ。そのでっかいのが頭に乗ってるってことは、めっちゃ気合い入ってるってことじゃん」
「良いではありませんか。きっとまた良質な死と触れ合うことができますよ」
アイリスは鼻歌を歌いながら、足取り軽く三つの棺を引っ張っている。
クツはブツブツとため息交じりに呟いた。
「こんな危ない仕事を続けるなんて、アイリスの物好きは相当なんだよな。全く、すっごく怖いんだから。埋葬者なんて仕事、やめちゃった方が――わぷっ」
突然立ち止まったアイリスの編み上げブーツに、クツはぶつかった。
「もう! 何ぃ?」
「御二方です」
アイリスの視線の先には、門の前で会った衛兵と同じ服を着た遺体が転がっていた。
鋭利な刃物で大きく胸を斬りつけられている。
「ヒエェ……痛そう……」
「急ぎましょう。始めますよ、クツ」
アイリスは耳を畳んでその場を離れようとしているクツを捕まえると、近くに棺を入れる穴を掘り始めた。
*
穴を掘り終えたアイリスは、すぐに衛兵の傍に跪いた。
祈りを捧げるように胸の前で両手を合わせる。
「この者は亡くなりました。これよりこの者に触れさせていただきます」
アイリスは衛兵の胸に光りはじめた左手を、棺の蓋に右手の人差し指を置いた。
「――っ」
ズキッと刺すような痛みを左手に感じ、アイリスは手を放した。
少し離れて様子を見ていたクツが心配そうに首を傾げる。
「どしたの?」
「……間に合わなかった」
じわり。
胸の傷を中心に、衛兵の身体が崩れる。皮膚がひび割れ、身体の中から黒い煙のようなものが吹き出して、衛兵の身体を包み込んだ。
「グオォオオオ!!」
煙の中から獣の咆哮。
それと共に巨大な狼が飛び出した。灰色の巨体に、赤い眼が鋭く光る。
鉄臭い匂いが辺りに広がった。
「ファング級の、魔狼……」
光る目が、あっけに取られるアイリスを捕らえた。
途端に、魔狼はアイリスに向かって牙を剥いた。
「ぁ――」
魔狼の牙が迫る。
避けられない。アイリスは直感した。
その時。
「伏せろ!」
バスタードソードを振り被った青年が、街道の方から魔狼に飛びかかった。
革鎧を身にまとった彼は、エメラルドの瞳で魔狼を睨みつける。
その胸元には――。
「あの護符……」
円環と星と剣が縫い付けられた護符が、彼の首にかけられていた。
「隠れ溶とけ!」
青年の叫ぶ声に、アイリスは我に返った。
急いでクツを抱き上げると、近くの茂みの中に身を隠す。
刃が当たる寸前、魔狼は飛び退いた。
青年が振りかぶったバスタードソードは、掠めるように空を切る。
ブンッ――。
唸る魔狼は即座に体勢を立て直し、前脚を薙ぎ払うように振った。
青年はすぐさま体勢を立て直し、薙ぎ払いを受け止める。踏みしめた土が抉れる。
ニヤリと好戦的に、彼は笑った。
魔狼が吠えた。
薙ぎ払いが再度、革鎧の青年を襲う。
「こっち」
白いフードを被ったローブ姿の少年が、革鎧の青年を押しのける。
華奢なシルエットの彼だが、魔狼の攻撃のタイミングを測り、うまく受け流しているようだ。彼の持つ細身の剣が、魔狼の爪に当たって火花を散らす。
「ありがと――」
「まだだ」
魔狼が牙を剥く。巨体が一直線に二人に突っ込んできた。
二人は武器を構える。
腕の中で震えていたクツが目を覆うのを、アイリスは感じた。
その時。
バチン、とあたりに赤い電気が走る。
余裕そうだった革鎧の青年が、ぎょっとしたように振り返った。
「まずいっ! 逃げ――」
「レイネ・スパークゥ!!」
カッ――。
凄まじい轟音と共に、赤い雷が空を裂いた。
*
砂埃が落ち着く。
毛皮の焦げた匂いがあたりに充満している。
先程まで大暴れだった魔狼は地面に倒れ、ぴくりとも動かない。
「やだ、ちょっと! 焦げてる、焦げてる!」
魔狼の側に転がった革鎧の青年とローブの少年へ、一人の少女が駆け寄った。ワインレッドのローブの上に、コルセット風のベルトを巻いている。濃い灰色の三角帽子には、雷のチャームや薔薇色のリボン、羽や花なんかが飾られていた。
「プロテクト、間に合ったか」
「はは。今日も良い火力だな。助かった」
ほっと胸を撫で下ろすローブの少年に対して、あっけらかんと笑う革鎧の青年。
「ダメよ! イケメン度が下がるじゃない!」
三角帽子の少女は、二人の周りを回りながら焦げた髪を直したり、服の砂埃を払ったりしはじめた。
目を回しているクツを片手で抱き直すと、アイリスは茂みから顔を出した。
「素晴らしい雷魔法。助かりました」
三人組はアイリスの傍へ寄ってきた。
「あれ? あんたは確か……」
「はい。何度かローデルンの街に伺っている埋葬者のアイリス・ケルンと申します、勇者様方」
アイリスは片手でスカートの端を摘んで、お辞儀をした。
「俺はタクト・スペクターだ」
「あたし、レイネ・ストラトスよ。こっちは……」
「アレスだ」
フードの少年ことアレスは、いつの間にかアイリスの手からクツを取り上げて撫でていた。
隣のレイネも恐る恐るクツへ手を伸ばしている。
「はは。お前の相棒、大人気だな。……俺たち『雷鳴の蒼翼』って勇者パーティとして活動してるんだ。よろしくな!」
タクトと名乗った革鎧の青年はにっと笑って、アイリスに手を差し出した。
「よろしくお願いしますわ。勇者様方には今後もお世話になりそうですし……クツ。貴方もご挨拶を」
二人がかりで撫でられて、クツは落ち着いてきたようだ。
気持ち良さそうに喉を鳴らしながら、前脚を上げた。
「撫でんの上手いねぇ。オレ、ブラックドッグのクツ。よろしくー」
『雷鳴の蒼翼』の三人は、顔を見合わせた。
そして。
「「「シャベッタァアアア!!?!」」」




