埋葬者の憩いの場を、町に。
日が傾きはじめる頃、アイリスたちは「護符の町ローデルン」にやってきた。
前線地と王都を結ぶ街道沿いの、織物の町だ。
何度も修復された跡のある低い石造りの城壁の上には、円と星と剣を組み合わせた紋章が掲げられている。
アイリスはさっと髪を整えて、シャベルを背負い直した。
「クツ。いつものように、お願いしますね」
「わかってるよぉー」
クツは「ワンッ」と咳払いした。
尻尾をピンと立てて、四本足でテクテク歩いている。
どうやら、本人なりに子犬になりきっているようだ。
アイリスは口元を押さえてくすりと笑った。
門に近づくと、怪訝な顔をした衛兵が槍を掲げてアイリスの行く手をふさいだ。
「何者だ? どこから……っ。埋葬者アイリス様!」
「ごきげんよう、衛兵様」
アイリスはスカートの端を持ち上げて、ゆったりとお辞儀をした。
「埋葬者の証を、でしたね。こちらを」
そして、棺型のポーチの中から小さな銀の鍵を取り出し、衛兵に差し出した。
百合をかたどった持ち手をしている。
「た、確かに確認いたしました。どうぞ、お通りください」
衛兵は鍵をくるりと回して確認すると、アイリスへと返した。
槍を引いて、敬礼をする。
アイリスは片手でクツを抱き上げると、もう片方の手でスカートの裾を持ってお辞儀をした。
*
門を潜り抜けると、夕暮れの空の下に小さめの町が広がっていた。
簡素な石造りの家々の前には染色された布が吊るされている。
あちこちから糸車や織り機を動かす軽い音、焼きたてのパンの香りなんかが通りに満ちていた。
しかし、そんな穏やかな町の様子とは裏腹に、町のアイリスを見る目は固かった。
誰もがアイリスに軽く会釈するだけで、足早に通り過ぎていく。
「かわいいわんこだー! お姉ちゃん。どこからきたのー?」
「しぃっ……ごめんなさいね、アイリス様」
近づいてきた男の子を、母親らしき人物がいさめた。
彼女は愛想笑いを浮かべ、男の子の手を引いていく。
「わんこのお姉ちゃん、またね!」
アイリスはクツの前足を子供に向かって振ってみせた。男の子もアイリスへ手を振り返す。
それを見て、アイリスはふっと穏やかに微笑んだ。
「ねぇ、アイリス。埋葬者っていつもこんな感じに怖がられてるの?」
クツはこっそりとアイリスを見上げて尋ねた。
アイリスはクツを抱き直して、喉元をくしくしと撫でる。
「村ごと、町ごと、国ごとにその考え方は様々です。ですが、我々のいるところに人の死あり、ですからね。このローデルンをはじめ、敬遠されることは多いかと」
気持ちよさそうに目を細めるクツを撫でまわしながら、アイリスは人波の中を迷いなく歩いていく。
たどり着いたのは、町の中央を流れる川のほとりに立つ、石造りの二階建ての建物。
円環と鍵、そして『埋葬者協会』と書かれた木製の看板が建物の上にかかっていた。
アイリスは木製の大きな扉に手をかけた。
ふと、扉にかけられた護符が気になり、手を止める。
「ここにも。門の上の紋章と同じもののようですね……」
円環と星と剣が刺繍された、布製の護符だ。
アイリスは疑問を振り払うように首を振ると、木製のドアを押し開けた。
中は乾いた紙と石、そしてインクの匂いが満ちた、静かな受付ホールだった。
大きな眼鏡をかけた女性が一人、カウンターの向こうに腰掛けて紙にペンを走らせている。
彼女は入ってきたアイリスに気が付くと、おさげを揺らして顔を上げた。
「いらっしゃいませ。埋葬者協会へようこそ……って、アイリスさんでしたか」
「ごきげんよう、ノエル様。ハイムルド深域での埋葬が終了いたしましたので、ご報告にと」
「それは……お疲れ様でした。記録をお預かりします」
ノエルは眼鏡のつるを押し上げると、アイリスが差し出した紙を受け取った。
「勇者ラウルの埋葬記録。たしかに受け取りました。……その」
ノエルはもじもじと、アイリスへ尋ねる。
「ハイムルドは、どうでした?」
「そうですね。今回は踏み込んだだけですが……死の待つ良き場所と存じます」
「あ……あはは。そう、ですか……」
満面の笑みを浮かべるアイリスに、ノエルは曖昧に微笑んだ。
「魔王城ハイムルド。灰の内海を隔てたその先に存在する、魔物に侵された広大な土地。魔王がいるのはハイムルドでもさらに深域になる。その深域に到達できるってこの辺じゃ噂だったんだが――惜しいな」
先ほどアイリスたちが入ってきたドアから、金髪の青年が入ってきた。
少し日に焼けていて、右の袖だけ捲っている。
「ロアン支部長。いつもより早かったですね」
「カワイコちゃんの埋葬者が外から来たって外で噂で。急いで帰ってきたわけよ」
ロアンはアイリスの頭をポンっと撫でた。
アイリスには彼の整った顔が無駄に輝いているように見えた。
小首を傾げつつ、曖昧な笑顔で彼をいなす。
「……フンッ」
アイリスの腕の中で、クツが鼻を鳴らした。
ロアンはクツの鼻先を指で突いた。
「おっと。今日は犬のフリが上手いな、ブラックドッグ。アイリスちゃんの胸は俺に譲ってくれたり……」
「あっち行け。あんたに噛みつくくらい、オレにだってできるんだからね?」
クツはロアンを睨みつけた。
声に「ウーッ」と唸り声が混じっている。
アイリスはくすりと笑うと、クツの頭を撫でた。
「ロアン様。私の番犬が失礼を。
そういうことのようですので」
「あーん。フラれちゃった」
ロアンは大袈裟に肩をすくめてみせた。
彼はカウンターに肘をついて、姿勢を崩と、咳払いをした。
「それで、えーっと……何の話だったっけ?」
「勇者ラウルのお話でございます」
「そうそう! 勇者ラウルな。彼は運が良かった。埋葬者が近くにいたんだからな」
ロアンは「パチンッ」と指を鳴らした。
右の袖を折り返すと、カウンターの向こうに立ち、ノエルの肩を叩く。
ノエルは眼鏡のつるを押し上げて、記録をまとめた紙束をめくった。
「三日前にローデルンに向かっていた行商人が二人。昨日は周囲の見回りをしていた衛兵が一人。いずれも刃物のようなもので斬りつけられた跡が確認されています」
「俺も確認がてら行ってみたんだけどな?」
ロアンは頭を掻いた。
肩をすくめて、整った顔を歪めて苦笑いする。
「いざ始めようとしたら、鎧の音と殺気を感じた。だから、その。あー……尻尾撒いてな? 逃げてきちまったんだよな」
「野党でございますか?」
「いや……」
ロアンはポケットから紙を一枚出して、カウンターに投げ出した。
アイリスはクツをカウンターに乗せると、紙を手に取る。
『魔物討伐依頼』と書かれたそれには、薄汚れた白銀の鎧兜姿をしたナニカが描かれていた。
兜の隙間から見える肌は青白く、落ち窪んだ目だけが爛々と輝いていた。
「怖っ……」
一緒にのぞいていたクツは身震いした。
耳がぺたんと倒れている。
対照的に、アイリスはうっとりと微笑んだ。
「彼による被害者の埋葬……ということですね? ランクは?」
「勇者ギルドからの報告では『ファング級のデスナイトである』とのこと。既に、討伐のための勇者パーティが集められています」
アイリスはクツを抱きしめると、紫の瞳を輝かせてカウンターから身を乗り出した。
「私たちにお任せくださいませ!」
二話目です。一話目は埋葬者としての仕事をご覧いただいたので
今回は町での様子を書かせていただきました。
いかがでしたでしょうか。
また、今回は新しくノエルとロアンの二人が登場いたしました。
彼らは今後、アイリスとクツとどのようにかかわっていくのでしょうか?
今後の活躍を楽しみにお待ちくださいね。




