勇者の名を、土に。
エルムガルド大世界暦821年。
突如現れた魔王が人間界に侵攻を開始してから53年が経っていた。
数多くの勇者が魔王討伐のため魔王城ハイムルドへと旅立ち、そして倒れていった。
ここにも物語を終えた勇者がまた一人。
ハイムルド城内に広がる洞窟の中で、勇者の彼は倒れていた。
突きを、一撃。
彼がアーマーベアに与えられたのはそれだけだった。
去っていく巨大な背を苦々し気に睨み、彼は意識を手放した。
「行ったようですね」
鍾乳石の影から少女が一人、顔を出した。
この場に似合わないフリルつきの黒いスカートに、ケープのついた外套を羽織っている。
その背には、リボンのついた大きなシャベルがあった。
少女は周囲の安全を確認すると、鍾乳石の影から出てきて、髪の雫を払った。
「ねえ、アイリス。もう出て良い? 鎧着たでっかいクマ、いなくなった?」
何かにふさがれたような、くぐもった声がどこからか聞こえてくる。
アイリスと呼ばれた少女は、キョロキョロと辺りを見回した。
「クツ。貴方、どこに居るのですか?」
「ここ……」
声は洞窟の壁の方からしているようだ。
アイリスが壁に近づくと、くぼみの中からピンクオレンジの目が二つ開いた。
「壁の中にいては、仕事ができませんよ」
アイリスは小首をかしげながら、目が光っているところに手を突っ込んだ。
引っ張り出したのは、黒くてもふっとした子犬だった。
手足の先だけが白い。
口元を長くふわふわとした尻尾で隠しながら、涙目でアイリスを見上げている。
「だってぇ! あのでっかいクマ、強そうで怖かったし……」
「バレなければ問題ありません」
アイリスはクツを抱き直して、頭を撫でた。
気持ちよさそうに喉を鳴らしていたクツは、ふと倒れた勇者の姿を認めた。
全身の毛を逆立てながら、クツは悲鳴を上げた。
「いやぁあああ!!! 死んでるぅぅううう!!!」
「ブラックドッグなのに」
「死体は怖いのぉ! そのうち魔物になって動くじゃん!」
腕にひしっとしがみついたクツを、アイリスは優しく撫でた。
「相変わらず怖がりですねぇ。死こそ最高の事象ですのに」
「それ、アイリスだけだから」
「んー? そうですかねぇ?」
首をかしげるアイリスに、クツは大きなため息を吐いた。
「それに、彼ら死者のために私たちは居るのです。やりますよ」
「……はぁい」
渋々アイリスから離れたクツは、地面を掘り始めた。
アイリスはくすりと微笑んだ。
鍾乳石の影から大きな棺を取り出して、勇者の隣に置く。
そして、背中のシャベルを手に、クツと一緒に穴を掘り始めた。
*
しばらくして、一人と一匹は棺が埋まるほどの大きさの穴を掘り終えた。
クツは遺体から離れて座っている。しきりに耳を動かし、周囲の警戒をしているようだ。
アイリスは棺を穴の中に置くと、勇者の遺体の前に跪いて両手を組んだ。
「この者は亡くなりました。これより、この者に触れさせていただきます」
アイリスの両手が光りだす。
左手で遺体の胸元に触れ、右手の人差し指を穴の外に置いた棺の蓋の裏に添えた。
光が棺の蓋に移り、文字が刻まれていく。
――ラウル。
勇者ギルド所属。
死因:腹部裂創による大量出血。
ハイムルド内部の洞窟にて死亡。
「記録しました。これは、故人様で間違いございません」
アイリスは棺から指を放して、勇者の遺体の目を閉じさせた。
「勇者ラウル様。貴方は勇者として戦い、ここに果てました」
光が勇者の胸元に吸い込まれた。
パキン――。
何かが壊れる音と共に、光が消える。
アイリスは穏やかに微笑んだ。
「ご安心ください。貴方の一撃は、確かにアーマーベアの核を砕きました。
あの魔物の被害は、これで終わりますよ」
ゆったりと、アイリスは勇者の頭を撫でた。
少しばかり頬を紅潮させている。
クツはアイリスから目を逸らして、身震いした。
「やっぱ、アイリスって死体好きの変態だわ」
「何か?」
「カワイイナッテ」
「あらあら……うふふ」
アイリスは口元を抑えて笑った。
彼女は勇者の身体を軽々と抱き上げると、棺の中へ横たえる。
「重くない?」
「鍛えていますので」
アイリスは自慢げに胸を張った。
クツは引き締まったアイリスの腕を見て、ふるっと身震いした。
ごまかすように顔を逸らして、耳の裏を後ろ足で掻く。
「かわいくないとか思ってます?」
「アイリスチャーン。イツモカワイイヨー」
「むぅ……。長袖のお洋服、増やそうかしら……」
アイリスは口を尖らせながら、棺の蓋を閉じた。
閉じた勇者の瞳から涙がこぼれたようにアイリスには見えた。
アイリスは微笑むと、シャベルを手に棺へ土をかける。
ざっ――。ざっ――。
湿った土の匂いと共に、棺が少しずつ土に埋もれ、見えなくなる。
やがて、地面が元あった通りに戻った。
クツが立ち上がり、アイリスの傍に寄る。
「あとは墓標を立てて終わりだね」
「ええ。ここがハイムルド内部でも石のある場所でありがたいです」
アイリスは革でできた小さな棺型のポーチから彫刻刀を取り出した。
そして、あっという間に文字を掘りおこす。
「はっや」
「鍛えてますので。……これでよし、と」
掘り終えた墓標を勇者の墓の前に置くと、アイリスは再度胸の前で手を組んだ。
「私の仕事はここまでです。それでは、安らかにおやすみくださいませ」
「おやすみなさーい」
クツもアイリスの隣に来て、器用に前足を組んで頭を下げた。
顔を上げたクツは、墓標を見てにやりと笑った。
「……へえ? 今日のは、良い出来だったんじゃ?」
「ええ。知ってます」
アイリスは得意げに胸を張った。
苦笑するクツを後目に、アイリスはシャベルを背負った。
「それでは戻りましょう」
「うん。最後まで気を抜かないように!」
踵を返し、勇者の墓を後にする。
――勇者ラウル。
その一撃にて
魔物の核を砕く。
墓標には文字と共に、突きを放つ勇者の姿が掘り出されていた。
『埋葬者』。それは勇者の後ろを歩き、行く末を見届ける者である。
はじめましての方は、はじめまして。
前のやつを読んでくださっていた方は、とてもお待たせいたしました。
プリントの隅に生息して小説をひっそりと書いていた
ももぱんだと申します。
web小説というものをきちんと書いてみようと思って
こうして投稿を始めました。
ゴスロリ姿で棺を引きずりながら戦場を歩く少女アイリスと
彼女に付き合わされているブラックドッグのクツ。
二人(?)はこれからどんな冒険をしていくのでしょうか?
長く続けていけるように頑張りますので、応援よろしくお願いします。




