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2人の未来  作者: 出口
3/3

03.新婚の話

 二度目に会った名須さんに、


「結婚を前提として付き合ってみないか?」


 そう言われた俺は、戸惑いながらも頷いた。



 俺には今まで好きになった人がいなかったし、もしかしたらこれからも現れないかも知れない。

 だったら古き良き風習に則って、お見合い結婚なんてものもいいかも知れないと思ったのだ。

 そもそも結婚をしなくてはいけないということでもないのだけれど、俺のようないつまでたっても半人前の人間は人との繋がりを手放してはいけないって思ってた。

 名須さんはきっと一人でも生きていけるひとだと思うけれど、俺には誰かが必要だ。それは生活面とか金銭面とかそういうことではなくて、ひとりぼっちで生きないという選択。

 恋愛だけが結婚ではないし、結婚したところで死ぬまで一緒に居られるって保証もないけれど。



 頷いた俺に、名須さんの方が驚いたようだった。今日はこのあいだとは違って紺色のプラスチックフレームにグレーのテンプルってメガネだったからか、初見よりも幾分柔らかい印象で。眉間に気難しそうなシワもなかった。


「少し考えさせて欲しいとか、そういうの無いの?」


 余りにもあっさりと受け入れすぎたらしく、戸惑うように尋ねられ、俺は恥ずかしくなってしまった。


「俺も、ずっと独りでいるのは……みたいな抵抗があったし、名須さんとなら……良いかな、って思っていて」


 だからそう答えたら、ちょっと言葉に詰まるよう俺を見つめた名須さんが、


「そっか」


 と呟くよう言って、


「じゃあ、よろしく」


 俺に握手を求めるよう右手を差し出した。



 この時はまだ、一生一緒に居られる人だろうか? を決めるほど名須さんのことを知らないままの俺だったけれど、それでも決めたのはきっと直感だったのだろう。

 一緒に暮らす人はすごく好きな人じゃなくてもいいと思ったし、好きになる人なんて現れないだろうと思ったし。どうせなら俺の持っていないものを持っていそうな人。

 それから俺のことを好きになった訳ではなくても、傍に置いておくことに抵抗はなく、結婚相手にと望んでくれる人。そんな人なら誰でもいい、っていうと失礼に聞こえるかも知れないけれど、俺にとっては好ましいと思ったんだ。



 それから三ヶ月後彼から改めてプロポーズを受けて、俺と名須さんは結婚することになった。

 互いの両親に挨拶を済ませて、みんなで食事会もした。結納とかするようなあれではなかったけれど、一緒に結婚指輪も用意した。区役所ので正式に宣誓して、パートナーシップ制度の証明も受けた。

 結婚式はしなかったけれど、ウエディングらしく正装をした二人がお世話になった家族や友人達を招いた、レストランでの華やかなガーデンパーティーもした。

 俺は相変わらずタキシードみたいなフォーマルな格好は似合わない男だったけれど、名須さんのタキシード姿は惚れ惚れするほどカッコ良くて、俺は口を半開きにしたまま彼に見惚れてしまっていた。

 この日の彼はコンタクトレンズだったのか、メガネをしていなくて、そのレンズ越しではない瞳を向けられる度に、恥ずかしくなるくらいドキドキした。





 そしていま、俺らの間には新たなる課題が横たわっていることに気づいたのだ。つまり、俺らの結婚生活にセックスは必要なのか? ってこと。

 男女の結婚ならば、恋愛結婚ではなくても子どもを求めるかどうかでその選択をすれば良いのだけれども、俺らは男同士で到底子どもは望めないし、俺も望んでいなかった。

 だから、あの……必要かなあ? って戸惑って、初夜と呼ばれるその夜に名須さんと別々のベッドで過ごしてしまった。

 やんわりと拒否してしまった俺だったけど、名須さんはその気だったのだろうか? 押し倒されそうになったように思えたから、その気だったのかも知れない。

 そう言えば彼は元々ゲイだった訳だけど、三ヶ月のお付き合いの中でそういう雰囲気になったことなど一度もなかったので、俺が彼の性的な対象になり得るということをすっかりと失念していた。

 俺らはまだキスもしたことがなくて、結婚式はしなかったし、披露宴でもキスなんてしなかった。俺はもう26になるのに、ファーストキスもまだで。こんな何にも知らない男が伴侶だなんて、名須さんはガッカリするだろうか?

 名須さんはきっと経験豊富で、だから俺みたいな男が居るなんて想像もしていないかも知れない。

 結婚してしまった今だから、何もかも知らないと言ったところで呆れられても拒絶されたりはしないと思うけれど、彼にセックスの欲求があるのなら俺はきっと応えるべきなのだろう。



 彼は朝が苦手だと聞いていたので、朝食は俺が作った。

 新居はまだ引っ越しが間に合わず、新しく買った家具や食器、それから元々一人暮らしをしていた名須さんの部屋から運ばれた家電や荷物しか届いていなかったけれど、寝室は別にしたから迎えに行くのは名須さんの部屋だ。


「おはようございます、名須さん」


 結婚しても籍に入ったりする訳じゃないので、今日からも「名須さん」と「明原(あきはら)チャン」のままだと思う。

 俺が「名須」になることも、彼が「明原」になることもない。今日から一緒に暮らし、実績を残し、そしていつか事実婚という関係に――本当になれるのだろうか?

 呼び掛けてもみじろぎひとつしない彼に、俺はそおっと手を伸ばして揺り動かす。伸ばした俺の左手の薬指に、金色の指輪が真新しくキラキラと光るのは、まだ当分慣れそうにない。

 名須さんの寝顔なんて初めて見たから、ドキドキした。


「名須さん、朝ですよ」


 カーテンを開けて、朝の日差しを入れる。新婚旅行に行く予定はなかったけれど、今日から三日の有休と土日の休みがあるから、日帰りであちこち遠出してもいいかも知れない。

 彼がいいと言うなら、行き先も宿泊先も決めぬまま二泊三日くらいの旅に出るのもいい。そうしたらそれが新婚旅行ってことになるのかな? 何も計画なんてしていないけれど、そもそも俺たちは出会って三ヶ月という短いお付き合いで無計画なまま結婚をしてしまったのだ。


「名須さん、ご飯冷めちゃいますよ」


 ベッドの上に座り、うつ伏せ寝な名須さんの肩を揺り動かす俺の腰に、彼の長い腕が絡みつくよう巻きついた。


「ひあっ!」


 って叫んでしまったのは、まだそういった接触には慣れていなかったから。

 学生時代に友人とスキンシップをとることなんかはあったけれど、社会人になってからはそんな子どもみたいなこともなかなか無かったし、名須さんとだってハグすらしたことなかった。


「おはよ」


 寝ぼけた声に誘われて見下ろすと、名須さんが俺を見ていた。メガネのレンズに遮られない鋭い目は、寝ぼけ眼なんて可愛らしいものじゃなかったけれど、俺は彼の鋭い視線は怖いけど嫌いじゃない。

 ただちょっと、まだ慣れないだけ。

 そしてそのまま頭から抱き寄せられ、ぐらりと傾いだ俺の体が彼の上に乗り上がるのに、近づいた俺の唇に彼の唇が重なった。

 それが、俺のファーストキスだった。

 驚いて口を押さえる俺に、名須さんの唇が歪むよう笑う。


「可愛い反応、たまんねェ、直撃した」


 そしてすごく悪そうな表情を浮かべて言われるのに、ゾクゾクしたのは本当だ。

 直撃ってなんだろう? と思ったけれどそれは聞かないまま、誰かに何かをされたり言われたりして、こんなふうにゾクゾクするのは初めてだって気づく。

 だからもう一度キスをされたら、クラクラと目眩がして、思わず彼にしがみついていた。

 朝だから仕方ないけれど、重なり合った名須さんの股間の辺りがゴツゴツと硬くなっていて、俺はそれに気づくなり赤面した。恥ずかしかったけどこれから一緒に暮らすのだし、そういうことにも慣れていかなければならないんだろうと思う。


「名須さん……ごはん、です」


 そしてやっと絞り出した声に、名須さんはもう一度俺にキスをしてから起き上がると、


「下で呼んでよ、もう夫婦なんだから」


 名須さんは言って、寝癖のついた髪を掻き毟るようにしてアクビした。


逸希(いつき)、さん」


 俺は恥ずかしかったけれど、彼に従うことにして、


「おはよ、(あたる)


 そして返された呼びかけに、何だかすごくドキドキして、恥ずかしいのに嬉しいって気持ちがした。名須さんもちょっと照れ臭そうにしていて、それだって何だかくすぐったく、嬉しい。

 俺は「明原(あきはら)」のままで彼も「名須」のままではあったけれど、俺は「應」であり彼は「逸希」でもあるのだから。


「俺、生まれて初めてキスをしました」


 だからありのままの明原應の俺を告げると、やっぱり想定外だったのらしい逸希さんは驚いた顔をして、


「本当に?」


 って聞くから頷いたら、


「ガチで?」


 さらに聞かれて頷いて、


「マジかよおおォォ」


 もっと言われてしまったのに、さすがに恥ずかしくなった。


「あのっ、誰にもナイショですよ?」


 恥ずかしいから言ったのに、


「ヤダ、自慢しまくる!」


 名須さんは何故かそんなことを言って、また俺にキスをした。

 俺は、「そんなの自慢になんかならないし、俺が恥ずかしだけです!」って言えないまま。

 今度は唇の隙間から舌が入ってきて、そのまま抱きしめられた腕に押し倒されて、苦しくてドキドキして、そしてゾクゾクが止まらなくて。

 俺まで股間が熱くなってしまったのを気づかれたらどうしよう? って思ってから、こんなことも初めての経験だって思った。

 俺と名須逸希との新婚生活に、キスは必要だと思った。


 そうして、もしかしたら、俺と名須さんの結婚生活にはセックスさえも必要になるかも知れないと――俺は考えを改めても良いだろうか?


 俺はそんなことを考えながら朝日の中で、良人となったばかりの男をうっとりと見つめ続けていた。




.


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