4話 時間が来るまで雑談を!
微笑ましい回になります。
『良いかい? セディレ。これは王族だけが知る大切な情報だ。決して口外しないように、お願いするよ———』
国王である父に言われた言葉は、セディレにとって今では知りたくない情報と化した。だって、何故あんな残酷な真実を抱えながら生きなくてはならないのだろうと思うのだ。どうすれば、この情報を忘れられるだろう。アレンに告げるか、グードリッグ侯爵に告げるか、それとも【記憶魔法】でその情報を消去するか———。
〜〜****〜〜
今日は午後から茶会がある。侯爵家の茶会に招待されたので、招待状を受け取った皆が来るだろう。何せ、あの家には社交界に初めて出るアレンが居るのだ。そんなの気になり、皆が集まるに決まっている。
午後の茶会。グードリッグ侯爵家が開いた、珍しい茶会だ。招待状は王城を通して伝わっているので、王女であるセディレは招待された者の名前は全員把握している。恋文らしかったりもするため、文章などは確認しないが、そういう手紙を確認する担当の者に内容や気になる者を尋ねれば、自然と答えてくれる。
「セディレ殿下、お乗りください」
「ありがとう」
御者の手を借りながら、王女は馬車に乗る。いつもの面倒臭い退屈な茶会なのに、あまりそんな気がしないのはアレンが居るグードリッグ侯爵家で茶会を行うからだろう。
(あんまり現実味がないけれど)
それはアレンに会えたという一つに限らず、婚約者のロベルトが子爵令嬢ディーナと逢瀬していたり、今母で王妃でもあるシュタースにそのことを情報収集してもらっていたりだ。
馬車の心地よい振動に揺られながら、セディレは窓越しに過ぎ去る景色を見る。
「アレン………社交場では、様を付けとかないと」
彼にも、そう言わなければいけない。グードリッグ侯爵は実の息子と妻を失った悲しみで、セディレが生まれる前からずっと社交をしていないのだ。その侯爵が茶会を開くとすれば、目的はアレンの社交界デビューだろう。正式に社交界デビューをするのは、魔力が宿る二年前の九歳。なので、セディレはもう済ましているが、アレンは十一歳から貴族に成り上がっている。なので、社交界デビューは書類を書いて我が家で済ますのだ。
「王女殿下、ご到着しました」
「は〜ぃ……じゃなく。ありがとう」
御者のエスコートで馬車を降りると、侯爵家の庭に集まっていた皆がこちらを向く。
こわっ、と思いながらも笑顔になる。
「皆様、ご機嫌よう。舞踏会ぶりですわね」
貴族の顔は貧乏貴族であろうとも全員覚えている。無論、誰がどこでいつ会ったかも覚えている。グードリッグ侯爵家の庭園で腹の探り合いをしていた貴族らは、全員一昨日の舞踏会に居た者だ。
「王女殿下、今日も見目麗しく………っ」
「セディレ殿下! 本日もお美しいですわ。わたくし、貴女とお話しをしたく!」
「嬉しいです皆様。歳の近い者同士、この茶会は楽しみましょう」
この場に居るのは、アレンが気安く話せそうな者ばかりだ。故に、セディレと同い年か歳の近い者しか居ない。養子であろうとも息子を大切にするグードリッグ侯爵の気遣いだろう。ならば、セディレは何故呼ばれたのだろうか。セディレは王女のため、アレンが気安く話せそうな訳ないのに。
もしや、アレンが王宮で自分と会ったことを話したのだろうか。だが、アレンは平民らしい何にも縛られていない少年とはいえ、口の固い方だと思った。根拠はないが、王女の勘は経験を積み過ぎているからか当たるのだ。九歳の王女でも。
(じゃあ、アレンが私を……呼んで欲しいと?)
それはとても、嬉しい。
「王女殿下」
「? 何でしょう」
皆の話を受け流していると、グードリッグ侯爵家の執事が話し掛けてくる。何か用でもあるのだろうか。王女のため、グードリッグ侯爵がセディレに伝えたいことがある可能性は大いにあるが……でも、何を伝えるのだろう。もしや、アレンがセディレに用なのだろうか。
「アレン様がお呼びです。恐悦ですが、応接室まで」
「っ……! はい。分かりました」
アレンが自分を呼んでいるという事実に期待を寄せ、セディレは案内してくれている執事の後ろをついて行く。
〜〜****〜〜
「アレンっ………様」
「っ! セディレ王女殿下!」
危うくアレンと呼び捨てしそうだったが、後から様を付ける。アレンも人目があることを分かっており、きちんと敬称呼びをしてくれているが……少し、寂しかった。
(寂しいのは、数少ない友人に敬称呼びされたから。……微笑ましいわ)
まさか、そんな悩みで自分が寂しく思うなんて思わなかった。
戸惑ったように目を見開き、応接室の椅子から勢いよく立ち上がった彼を、少しだけ可愛いとクスッと笑う。
「申し訳ないのですが、少し二人にしてくださいませんか? 養子の彼に伝えたいことがあるの」
「は、はい。では、人払いを」
「よろしくお願いしますね」
執事が戸惑いながらも人払いをする。この侯爵家の所有者はセディレではなくグードリッグ侯爵であるヘームレンだが、王女ということもあり執事を中心としたこの場に居る使用人たちは静かに応接室を後にした。
扉を閉められたことを確認してから、セディレはアレンに耳打ちした。
「………防音結界って、張れるかしら。私、まだ魔力が宿ってなくって」
「! う、うん。分かったよ」
扉の前で待機している使用人たちに、自分たちの親友らしい会話を聞かれたら色々と面倒だ。セディレは九歳故に魔力が宿っていないため、アレンに防音結界を無茶振りで頼む。無茶振りで、というのは防音結界は中級魔術だからだ。一番に魔術初心者が習うのは、各々の属性に合った下級魔術。その後、中級魔術を練習するのだが、中級魔術で特に難しいのが防音結界、防御結界だった。
「…………ごめんなさい。頼んだ私が言うのも煩わしいかなぁと思うんだけれど、防音結界、張れるの?」
「え? ……別に煩わしくないよ。防音結界は、ここに来て二日で覚えたかな」
「………凄い、わよね。アレン」
呟くようにそう言えば、アレンは照れ臭そうに己の首筋を撫でる。
感染症のようにセディレに頬の赤みが移ってしまい、薙ぎ払うように口を開く。
「それにしても、アレンは魔術の才能があるわよね」
「……そう、かな」
自信なさげなアレンに、セディレはうんうんと王女らしい笑みで頷いた。アレンも自信を持ってくれたようで、歯を見せてニカッと笑ってくれる。
それから、養子になって良かったという話から、家族の話に自然と移った。
「………僕の、家族か」
「ごめんなさい。愚問だったわ。……無理に答えなくても良いの」
「ううん。……僕の家族は、今の家族だよ」
「! そうよね」
予想通りの答えに頬が緩むのを抑えられなかった。孫を見るような、相手は歳上なのに、そんな目で見ていると、アレンは面白くなさそうに不貞腐れる。
「どうしたの?」
「………それ、どうにか何ないかな」
「え?」
「その……孫を見るような目。これでも僕、歳上だし……?」
やはり、この眼差しはアレンの歳上のプライドを削ったらしい。申し訳ないなと思いつつ、「分かったわ」と困ったようにクスクス笑いながら言った。
「………照れ臭いんだよ……何で分かんないかな」
「え?」
「……何でもな〜い」
少し口を尖らせ瞳を潤ませながら、アレンは何か言った。だが、セディレにはアレンの頬が紅潮している理由が分からなかった。
その気まずい沈黙を打ち破るように、セディレは口を開いた。
「それで、私ばっかり質問しちゃったけど、私を呼び出した理由は何?」
「あぁうん。……じゃあ、言うね」
「早く言って?」
何度か深呼吸を繰り返しているアレンに、セディレはニコニコしながら続きを促す。早く言って、という言葉に少し棘が含まれ、アレンは驚愕に目を見開いたが、言葉を紡いでくれた。孤児で辛い境遇に居たと思っていたが、現実は皆で協力し合って生き延びていたみたいだ。そのため、汚れた貴族社会は勿論のこと、大人との関わり合いも少ないらしい。
ふ、と息を吐いたアレンはセディレの方を向く。その頬は紅潮していた。
「つっ、言いたいことがあってね」
「え………?」
少年らしい笑みも封印し、真剣な表情でこちらを見ている。
(ま、まさか………えぇ?)
セディレの頬も赤みが増すことも気付かず、アレンは言葉を紡いだ。
「転移魔法が、使えるようになったんだ」
「え? あ、あぁ……っえ⁉︎」
己の自惚れかと思ったものの、その後に驚愕する。アレンは、セディレが何故驚いているのか分からないようで、首を傾げていた。
「だっ、だからね。すぐ助けを求める声が聞こえたら転移出来るし、セディレをどこかへ連れて行くことだって出来る。だから、その———」
もじもじ指をこねっていれば、次には年相応の困ったような笑顔へと変わる。
「僕と、どこか一緒に行きませんか……?」
二歳歳上なはずなのに、この時だけは何歳か歳下の子に見えてしまった。緑色の瞳を細め、ふにゃっと口角を上げる姿は誰が見てもきゅんと胸を打たれるだろう。セディレも、大袈裟にではないが、唇をキュッと結びながら左胸を両手で押さえた。
「良いけど……ここ一年は私、毎日予定あるわよ?」
「えっ? じゃ、じゃあ一年後に……っ」
「………良いわよ。予定のない日があったら、手紙で知らせるからね」
「うん!」
その瞬間、タイミングが良いのか悪いのか、扉を控えめにノックされた。
「王女殿下、アレン様。お時間でございます」
「分かった。今行くよ。…………防音結界、解きたくないよ」
「まぁ。ずっと張ったままでも良いかもね」
「そうだね。そうするよ」
「じゃあ、私とまた、この応接室でお話ししましょうね」
「………! 分かった」




