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3話 アレンの義兄

 王宮に迷い込み、そこで出会った王女様。明るい金髪に碧眼で、とても可愛らしい少女だった。だが、それでも養子のアレンと生まれながらの王族であるセディレは違う。まだ知り合って一時間程度しか経っていないのだから、あまり自惚れないようにしなければ。


「……自惚れないって? 何に。………えぇ? 本当に何に自惚れる?」


 自分で思ったはずなのに、何に自惚れないようすれば良いのか。妙に口角が上がり、無理に下げるといやらしい笑みになってしまうためそのまま口角は上げておく。あぁ何故、こんなにも嬉しいのか。


「みんな! ただいまっ」

「「「お帰りなさいませ、アレン様」」」


 扉を開け使用人の皆に笑顔で帰還の挨拶をした。仕事中の使用人はにこやかに微笑み、頭を下げてくれたのだ。だが、頭は下げられなくとも良いと思っている。十一年ずっと孤児だったアレンにとって、こういう境遇は慣れない部分があった。


義父(とう)さんはどこ?」

「旦那様は、執務室で執務をされていらっしゃいます」


 義父であるヘームレン・グードリッグ侯爵は、アレンがあの教会で唯一心を許した貴族である。ヘームレンはアレンに無理に予定は詰めず、侯爵令息に対する皆の反応に慣れていけば良い、とまずは屋敷内に居る使用人と会話を楽しんでいた。それに貴族の(たしな)む趣味も義父に教えてもらい、最近は剣術を習ったり魔術を習ったり、ヘームレンの書斎に一日中こもり本を読み耽ったこともある。

 そんなこんなで、アレンは貴族生活を満喫していた。


「義父さん! 帰ったよ!」

「アレン。どこに行っていたんだ?」


 義父さん、と呼ぶのは無論プライベートな時間だけだ。まだ行なっていない社交では、「御父上」か「グードリッグ侯爵」と呼ぶように言われている。貴族社会は社交界に出ないと分からないが、孤児のような自由な生き方はもう出来ないだろう。だが、今は趣味になった魔術の才能を活かしているし、不自由ない生活を送らせてもらっている。貴族社会くらい、耐えられる。


「えぇ……っと。森で、魔術の特訓を、ね。へへ」

「そうか。お前には魔術の才能もある。魔力量も多い故に、お前は国一番の魔術師になるだろうな。確か、アレンは水属性だったか」

「うん。木を濡らしたり、水分補給も出来るからね。困ってないよ」


 水属性は様々な場面で頼りになるからか、とても人類的には助かっている能力だとヘームレンの書斎にある分厚い書物で読んだ。それに魔力切れにならなければ水分補給も(てのひら)に水を溜めてそのまま飲めば良いだけだ。水属性は何て素敵なものなのだろう。

 尤も、魔術の特訓をしていたというのは真っ赤な嘘。帰還中に頑張って考えた言い訳である。だが、魔術の特訓は気分が良い時に森で行っているため、ヘームレンにその嘘は見抜かれなかった。この屋敷に来て一週間が来た。最初は森に一人で行くことは禁じられていた。だが、一人の方が魔術に集中出来るというアレンの言い分のため、魔術師を家に招き護身術を覚えさせられ、やっと森に一人で行くことが許可されたのだ。


「それにしても、毎回アレンは走ってるな。元は孤児だから良いが、公な場では走らずに紳士的にしろよ? 体力が多いのは良いことだが、貴族は走るものじゃないのだ」

「う……ご、ごめんね義父さん。体を動かしたくてむずむずするんだ」


 走っていると気持ちが良い。だが、アレンとしても貴族らしくない部分は直すべきだと思っている。現に家庭教師にも言われていた。


「良いだろう。……アルベルトも小さい頃、よくお前のようにはしゃいでいた」

「そう……なんだ。義兄(にい)さんも」


 アルベルトとは、ヘームレンの実の息子で亡くなってしまったアレンの義兄である。もしも生きていたら今はアレンを認めるか認めないかは別として、共に過ごした仲だ。死因は知らないが、とても不幸だったとだけ告げられていた。生きていたら、今は二十三歳。筆頭侯爵家当主として活動していただろう。


「……アレン。こっちへ来い」

「え? ………どこへ行くの? 義父さん?」


 椅子から立ち上がり執務室を後にしようとするヘームレンを、アレンは行き先を聞いて慌てて止める。義父はニヤッと、しかし少し寂しさを帯びている瞳をアレンに向けた。


「………義父さん?」

「良いから、ついて来い。そこで話すよ」


 〜〜****〜〜


 雨上がりのため、しめっとした空気が肌に纏わりつく。ヘームレンに連れて来られた場所は、日頃アレンが魔術の特訓を行っている森の奥深く。流石に森の奥には行ってはいけないとされていたので、道が整備されていない森に行くのは貴族になってから初めてだった。


「ここが、アルベルトの居るところだ」

「…………ここが」


 木々に囲まれ、一際目を引く豪華でも地味でもない墓。ここがアルベルトが居るところなのだと、ヘームレンは寂しそうに言った。


(……そっか。この森の奥に、アルベルト義兄さんが居たんだ)


 会うことのない、顔も性格も知らない我が義兄。だが、義父とアルベルトが亡くなる前に病死した義母に愛されていたと、何人もの仲良くなった使用人から聞いている。

 いつも魔術を放っている森の奥に義兄が居たというのは、妙に嬉しかった。


「本当に、皆に愛されていたよ。お前の義母にも、無論私にも。家族以外の貴族らにも使用人にも。全員に愛されるような性格をしていたんだ。容姿もお前の義母に似ていて、令嬢から黄色い声が聞こえた」

「………俺も、認められるような美しい姿をしてるの?」

「無論だ。だから、令嬢に社交に出てもいないのに人気なんだよ」


 アルベルトはきっと、ヘームレンに似た黒髪に紫色の瞳の男性だったのだろう。アレンは金髪にエメラルドのような緑色の瞳という正反対の色合いだが、正直言ってこの貴族らしい容姿をアレンは気に入っていた。


「………とても健康だった。愛する妻とは違い、(やまい)なんぞ軽い熱しか出なかったのだ。なのに、あんな……簡単に死ぬなんて、思ってなかったんだよ……」

「………義父さん……」


 優しい手付きでアルベルトの墓を撫でる義父は、とても寂しそうだった。

 躊躇してここ一週間尋ねられなかったことを、アレンは尋ねる。


「何故。……何故、義兄さんの死因を曖昧に誤魔化すの……?」

「………私たちも知らないからだ」


 その答えを聞き、アレンは「はぁ?」と苛立つような声を上げた。

 どうして被害者のヘームレンに死因が伝えられていないのか。そう尋ねると、ヘームレンは悲しみや悔しさを滲ませた、苦痛に耐えている表情をする。


「………ごめん。軽率だった」

「いや。………アルベルトは、不幸な事故だと世間には伝わっている」


 まさか話してくれるとは思っていなかったが、アレンはヘームレンの有難い情報に耳を傾ける。悲しいこととはいえ、少しでも我が家となる屋敷の昔の家族関係を知っておかなければ、家族になれた気がしないのだ。


「大きな理由は、先代国王が関わっているからだろう」

「……そうなの?」

「あぁ。先代国王陛下は、不人気だった。それは知っているか?」

「うん。セディレ……っ殿下が生まれた時に、今の陛下が即位したんでしょ?」

「そうだ。少し、私が尋ねた内容と違う気もするが………」


 先代国王は、セディレが生まれた時期に現国王に国の運命を左右する責任を預けている。だが、それは民の意思があってのこと。先代国王の意思は関係なく、渋々王位を渡したということになっている。

 今の現国王は民の期待に応えているが、先代国王はその真逆だった。


(何故か、自分は贅沢三昧して遊んで過ごして良いと思っていたらしいしね)


 国王は公爵以上に贅沢をして良い立場にある。だが、それは遊んで暮らしているだけの国王の立場ではない。何事も大切に、流行病があるのならば最速に、時には貴族や平民の力を借りて国を守っていくのだ。贅沢三昧をして良いのは、そういう責任感のある国王である。

 現国王はそうしているものの、先代は無理だった。故に早く王位を渡したのだ。


「先代国王は、何をしたの?」

「………明確ではないんだ。ただ、我が家が知っているのは、王家にだけその先代国王の過ちが言われているとだけだ。被害者である我が家にも、事情は話してくれない。それほど王家にとってデメリットしかないのだろう」


 悔しそうに顔を歪め、手を握り締めるヘームレンは見ているだけで心臓が締め付けられそうだった。そんな義父を助けたいと思うのは当然。だが、自分に出来るだろうか。自分を救ってくれた義父を、自分は恩返し出来るだろうか。


「無茶な願いが、あるんだが」

「なぁに? 義父さん」


 握り締めていた手はアレンの肩に置かれ、真剣な表情で見られる。


「アルベルトの死因を、探って欲しいんだ」

「………義父さん?」


 ヘームレンの瞳は悔しそうに細められているものの、その瞳の奥深くには底知れない決意が滲んでいた。これは、養子になったばかりのアレンに頼むべきことではないと、分かっているのだろう。

—————でも。


「良いよ」

「っ、良いのか。……すまない」

「ううん」


 義父の恩返しのために、義兄の死因を探る。アレンは微笑みながらも決意した。


(……ただ、誰かに協力してもらわないと)


 真っ先に思い浮かんだのは、セディレだった。だが、アレンは首をぶんぶんと勢いよく横に振る。考え出したアレンが突然首を振ったので、ヘームレンは引き気味だ。


(駄目だなぁ。セディレは王女だけど、巻き込みたく……ない)


 王族である彼女も、アルベルトの死因は知っているはずだ。だが、セディレはまだ九歳。まだ魔力も宿っていない彼女を、どうして巻き込めるであろうか。だが、セディレに聞けばアルベルトの死因はすぐ分かる。いや、もしも。


(セディレでさえ、知らなかったら?)


 取り敢えず、セディレは巻き込みたくない。

 不敬というのもあるが、『女の子として』という不思議な理由があった。

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