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1話 成り上がりと成り下がり

 大国レンズローパ。かの国では、十一歳になると魔力が宿るとされている。

 魔力とは人間の体内に宿る聖なるもの。善にも悪にも成り上がる、強力なものだ。その魔力を体内で練り、放出したものが魔術や魔法と呼ばれている。

 魔法ではなく、魔力をそのまま肉眼で見るには、魔導具という物を使わなければならない。それ以外に肉眼で魔力を見れることなどない。

 魔力の種類は、火、水、風、地。そして聖属性。その五つのうちどれか一つが各々の体内に宿っている。

 そして、魔力が宿る十一歳。その歳になると皆、教会で魔力測定を受ける。


「通してくれ! 魔力量の多い子供は………!」

「おい、あの少年ヤバいんだ」

「とっても多い魔力量だよ。あんな数値、見たことがない……」

「顔も良いし、私の娘と結婚させたいわね〜」


 平民や貴族問わず、毎年この時期になると教会に集まる。だが、歴代最高と呼ばれるほどの魔力数値が、その魔導具に映されていた。水晶玉に手を添えると、その魔力量の多さが数字で表される。彼は、人の平均の魔力量を大きく越えていた。


「………え」


 ざわざわと人が少年の魔力の多さを讃える中、その張本人が戸惑っていた。

 だが、自分は何かしてしまい、皆が興奮しているということだけはその幼い頭だけでも理解出来た。


「我が家に来ないかい? 私のうちは公爵家でね———」

「………お断り、します」


 周りが自分をどうして勧誘して来るのか分からないが、そう言って深く頭を下げると貴族は残念そうに顔を歪めて去っていく。時にはどれほど断っても抗う者も居たが、謝罪も付け足せば帰って行った。

 そして、列が終わり始めた時、一人の男が自分に手を差し出す。


「よければ何だが、うちへ来ないか? 無論、高待遇を用意するよ」


 この男をジッと見る。三十代半ばの男で、自分を優しい眼差しで見下ろしてきた。他の貴族は自分を使える道具のように扱っていたのに、この男は自分を人間として見ているように思えたのだ。

 だから、こう尋ねた。


「………下心。下心は?」

「ははっ、もちろんあるさ。だが、最近は息子が居なくなってしまってね。少し寂しいのだよ」


 男は嘘をついているようには見えなかった。瞳は寂しそうに揺らぎ、悲しく微笑んでいる。これで演技だったら、演技派にも程があると叫んでしまいそうだ。


「お誘い、お受けします。………宜しく、父さん」

「ははは。宜しくな、息子よ」


 少年は男の手を取る。未だしたことのない経験を積み重ねられるのだと思いながら。


 〜〜****〜〜


 魔力量が歴代最高の子供を、グードリッグ侯爵が養子にしたらしい。国王である父に昼食の席で告げられ、あのグードリッグ侯爵が、と驚いたのは記憶に新しかった。


(皆、今日もまだ九歳の私と話したそうに………王女だからだけど)


 もちろん、話題のネタは魔力量の多い孤児の話だろう。皆、情報収集を大切にしている。それが貴族なのだ。今日は我が家でもある王城の大広間で夜の舞踏会だ。父である国王が主催のパーティーで、情報収集のために度々開いてくれるのだ。


「セディレ。ちょっとこっちへ来てくれないか?」

「はい? ………どうしたの、ですか? ロベルトお兄様」


 セディレとは自分の名前で、ロベルトとは従兄の名前だ。

 ロベルトのことはお兄様と呼んでいるが、本来はそこまで慕っている訳ではない。何なら苦手な方だ。ロベルトとは物心ついた時から婚約しているが、そのせいで茶会は年に数十回。そしてそのどれもが気まずい雰囲気のまま終わる、という嫌過ぎるものだった。


「お前は、俺と婚約しているな?」

「は、はい。そうですわね。………物心ついた時から」


 不服と言うように呟くと、ロベルトは一瞬だけ眉間の皺を寄せる。

 ロベルトの父は元は王族のため、筆頭公爵家という身分を与えられている。そのため、ロベルトは公爵令息だ。それも筆頭。なので、ロベルトとセディレは婚約させられた。セディレは書類上の婚約なので、あまり重要視していない。王族が己の未来を掴まれているのは当然のことだからだ。


「婚約破棄、してくれないか?」

「…………は?」


 こそこそ耳打ちしながら、とんでもないことを口走る、我が従兄。怒り狂いそうな気分を抑え込み、微笑みながら口を開く。笑顔には工夫を施しているため、第三者から見れば婚約者同士楽しく談笑しているように見えるだろう。

 思わず素が出てしまったが、ロベルトはそのことなど気にしていないようだ。


「婚約はあくまで書類上の関係ですので、解消するとなると陛下とお兄様の御父様が了承してくれないと」

「いいや、そんなことしてる暇ないんだよ」


 微かに怒りの滲んだ声音で、ロベルトは常識を否定する。婚約は書類でサインをして成り立っているのだから、婚約解消のサインをしなければ婚約はなくならない。何故、それを分かってくれないのか。


(こっちが怒りたいんだけれど………!)


 笑みを貼り付けながらそんなことを思って沈黙していると、この舞踏会はお開きとなってしまっていた。

 婚約破棄の書類を持ってきたとしても、父は国王として責任感がある。婚約破棄は承諾出来ないだろうし、認めもしないだろう。



 〜〜****〜〜


 お開きになった直後、夜の涼しい微風(そよかぜ)に当たりたいと思い、セディレは庭園へ向かった。護衛なんて要らないというのがセディレの言い分なので、護衛はいつも通り撒いてきた。


(………まさか。まさか、ぁ)


 思うのはロベルトが婚約破棄を今更頼んだ理由。嫌ならば今よりももっと幼い時に申し出ていれば良かったのではないか。ロベルトはセディレよりも三歳年上で十二歳。もう魔力が宿り、魔力測定を受け終わった年齢だ。セディレはあと二年で魔力測定を受けるが、魔法で催眠の類は聞いたことがない。そのため、自分は催眠には掛かっていないだろうと、その幼い頭で小さな子特有の怖さを抱える。


「………ふふ」


 その上品な笑い声はセディレのものではない。王女が王城といっても夜の庭園で彷徨(うろつ)いていることは目撃されてはならない。目撃されれば国王の耳に届き、護衛がもっと増えるだろう。そんな窮屈なことはセディレは嫌なのだ。

 面倒臭い事態は避けようと、セディレは草陰に隠れる。


「———っ⁉︎」


 草陰からセディレが見たのは、ロベルト。それと——他の女性だった。

 あの上品で妙に色気のある笑い声の主はそのロベルトの側に寄り添っている女性だろう。名は確か、ディーナ。エヴァル子爵家の息女のはずだ。

 何故、己の婚約者と子爵令嬢があんなに親密な関係なのか。


(………そう。婚約破棄の理由は、単に他の令嬢に惹かれたからなの)


 彼は好きでも何でもない。だから、何ならこれを理由に破棄したいと思っている。だが、我が従兄がこんなにも常識知らずとは知らなかった。思わず絶句してしまう。

 そんなセディレの存在など知らずに、二人は唇を近付ける。完全に逢瀬(おうせ)だ。


「…………」


 絶句しながら見ていると、やっと唇を離した。王城の前でそれはやめて欲しい。

 ディーナは無駄な色気を放ちながらロベルトの胸に額を寄せる。

——その時、彼女がこちらを向いて勝ち誇ったように笑った気がした。


 〜〜****〜〜


「痛い目を見ちゃったわぁ………」


 長い長い回廊を歩きながら額を押さえる。この回廊は満月がよく映えるとされ王族や賓客問わず使用人にも人気だ。だが、人気な時間帯は夜だけで今のような正午はあまり人の気配がない。王城の大きな庭園にそのまま繋がっているため、庭園に行くための近道としても使われていた。

 婚約者と他の女性がキスする現場を目撃してしまった翌日。セディレは回廊から行ける庭園へ向かい、そこにあるベンチに座っていた。


(あんなに礼儀知らず、だったのね)


 足をぶらぶら揺らして、何も考えていないような表情を浮かべながら考える。あの舞踏会がお開きになった時の、二人の男女が唇を寄せる姿を思い出すとあまりの常識知らずに腹が立つ。


(王女は、隙を見せてはいけない)


 それは王女に限らず、王侯貴族全員だ。

 そう言えば、グードリッグ侯爵に引き取られた魔力量の多い少年は大丈夫だろうか。上手く社交界に馴染めているだろうか。だが、あまり彼は見ない。そのため容姿も知らないのだ。風の噂ではとても格好良い、十一歳の令嬢らに人気があると聞いている。


「どうしてもね。気に掛かっちゃうわ」


 揺らす足を止めて、静かに青空を見上げる。雲一つない晴天は今のセディレの心境を表しているかのようだった。

 そうだ。自分は、ロベルトと婚約が解消出来そうで嬉しいのだ。

 少しでもロベルトとディーナ子爵令嬢の浮気の証拠を集め、婚約を破棄しなければ気が済まない。筆頭公爵家の令息でありながら貴族社会を考えていない夫なんて持ちたくない。真実も何も突き付けられず成人になるまで婚約しているだなんて、笑わせないでもらいたい。


(そうよ。やってあげましょうよ。王女という立場を使って)


 本当は自分も、平民のように自由に生きたい。大切な家族と過ごして、魔力測定を受け、成人して、職を持ちたい。だが、王女という身分は変えられない。九歳にもなって王女である勇気が出ないとは、顔を歪めて嘲笑してしまいそうだ。


「…………?」


 婚約破棄をするという目標を立てた時、低木がごそっと揺らいだ。

 警戒心の高いセディレは不審者かもしれないと思いながら低木に近付く。


「誰?」


 人間だと賭けてみようと呟けば、低木が動揺したように小刻みに揺れる。これは使用人を呼んだ方が良いだろうか。だが、それでは王城を囲む城壁の隙間から逃げ出してしまう。これは王女の自分が、覗いてみようではないか。王女という身分ではこういう経験も必要だとそれらしい言い訳を心の中で立てながら、セディレは低木の草を掻き分ける。


「……………ぁ」


 小さな声音で呟いてしまった。これは失態だ、と反省する。

 低木の裏には、十一歳程度の少年が膝を抱えながら縮こまっていた。


「あ、貴方…………」

(とっても、綺麗な瞳……)


 セディレのように明るい金髪ではなく、くすんだ金色の髪で、透き通るような緑色の目をしていた。僅かに潤んでいる瞳が可哀想に思えてくると同時に、助けてあげたいという気持ちにもさせる。


「………グードリッグ侯爵が引き取った、養子の……アレン様?」

「う、うんっ。そうだよ」


 貴族らしい服装なのに見覚えがない顔が理由で当てずっぽうで言ってみたが、あっていたらしい。彼はアレン・グードリッグ。養子なのでミドルネームはないが、グードリッグ家の一員となった、今尤も貴族社会で注目を浴びている少年だった。


(まぁ、この王城に迷い込んでしまったというところかしら)


 運動神経は良さそうだし、勘の良い王女の予想は間違っていないだろう。

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