自然な甘さ
5月、にわかに夏を思わせるような日差し。耐えきれなくなって地元のそこそこ名の知れた店のソフトクリームの店に並ぶ。成分調整もしていない地元の牛乳の恵みで時間を掛けて丁寧に作られた逸品を目の当たりにしてしばし感動。溶ける前に急いで写真を取り、スプーンで掬い、一気に放り込むと新鮮な風味が口一杯に広がり、満たされる。周囲は何の変哲もない坂道の住宅地。日陰を探すように少し歩いて、隣接する住民センターのグラウンドを眺めながら、<こういう場所に来たのはいつぶりだろうか?>などと考えたりする。
近場でも機会が無いと意外と訪れない場所がある。ネットのニュースでは少し前に見事な藤棚が取り上げられたばかりだが、個人的には「桜の次は藤か!」とツッコミを入れそうになっていた。話題が目まぐるしく移り変わるご時世。ソフトクリームもたびたび話題になるし、全国放送のテレビにも登場したくらいではあるけれど「次」のものへ「次」のものへと関心が移ってゆくような気がする。
青空の色が濃い。グラウンドの上空は開けているからなのか子供の頃にそういう場所でボールを蹴ったり投げたりしながら感じていた「何か」を取り戻しかける。今と昔でそこまで違わない気もするけれど、考えていることはやっぱり違うものだ。学生時代の友人になにかの機会で会うと、風貌が変わったりだとかどこか穏やかになったなぁとか感じることも。
そんなことをぼんやり考えていたからなのだろうか。
ソフトクリームが魔法のように消えてなくなり(食べたので)、駐車場に戻る時に妙に『賑やかな』声がした。そのとき『直感』が「そっちを向いた方がいいぞ!」と己に呼び掛けて、ほとんど無意識で今一度店の方に顔を向けた。
「あ」
それは忘れもしない、学生時代に気になっていた異性の一人の姿。背は低い方の「可愛らしい」という印象は今も健在で、同窓会とかではどこか期待はしていたが全然見かけなかった人。一瞬「運命」という言葉が浮かびかけたが、隣に中背の伴侶と思われる人物を認めたのですぐに引っ込んだ。
なるほどね
どういう「なるほどね」なのかは色んな風味があったけれど、本当にその時はそのまま思った。幸い今は別に気になる人が居るし、まだ小さな芽であるような気もするけれど最近ちょっとした「やり取り」が出来るようになっている。だから、この日もこの場所に彼女を誘おうかと考えたりもしていた。
でも…だからこそ、『このタイミングだった』のかとも思う。
色々考えた末、とりあえず静かに二人の方に近づいていって女性の方に「どうも」と一声。相手の方もそこまで目立たない部類だった自分を覚えてくれていたようで、「お久しぶりです!」と声を掛けてくれた。男性の方は微笑みながら「誰?」と訊ね、「同じ中学だったんです!」と無難なやり取り。
「ここのソフトクリームすごい有名ですよね」
「そうなの。ちょうどこっち帰ってきたから食べてみようと思って」
そのあたりで『事情』は把握できたと言って良い。やはりあのソフトクリームは『全国区』なのかも知れないと嬉しくなる気持ちもあった。
「そうだったんだ。俺も食べたところ、味わって下さいな!」
「うん、ありがとう!」
「ありがとうこざいます!」
たぶん、その日はこういう感じで良かったのだと思う。そのまま車に戻り、二人の様子に少し目を遣りながらその場を後にした。僅かな時間でも車内は熱を帯びて、エアコンの温度を下げないとちょっときついくらい。自宅までの帰り道にコンビニに寄って、甘めのミントのタブレットを買う。車を出す前に爽やかなミントを一粒味わっていたら何となくソフトクリームの写真を見返したくなった。
「お、美味そうに見える」
そのまましばし沈黙した。これは全然ネガティブな方の沈黙ではない。むしろ、自分が今しようとしていることにドキドキしてしまっている沈黙だった。
「…よし」
勢いでスマホを操作し、ド直球な「今度ソフトクリーム一緒に食べに行きませんか?」という文面に少しトリミングした写真を添えて送信。今思えばそれこそが「運命」だったかのようで。
「私も行きたいと思ってたんです!行きましょう!」
返信は秒だった(誇張)。車内でニヤつく変な男一人。
<ノリのいい人だなぁ…>
内心そんなことを思ったりもした。でもそういうところが今の自分には途方もなく魅力的に映る。都合で週末にしかやっていないソフトクリーム屋さん。その日を待ち遠しく思うのは人の性とも言える。