お気に入りの時間
「……えっと、これで足りるよね」
数日後の、ある昼下がりの頃。
穏やかな陽光照らす街の中、買い物袋の中身を確認する私。これで、今日の夕食の材料は足りるはず。卵と小麦粉はまだ残ってたはずだし。
うん、大丈夫かな――そう結論付け、再び顔を上げ街中を歩いていく。さっと辺りを見渡すと、緑豊かな樹々に透き通る川――そして、色とりどりに染まった茅葺き屋根の家が整然と並んでいる。ゆったり時が流れていくようなこの穏やかな街の中を、ただぼんやりと眺めながら歩くのがお気に入りの時間だったりする。すると、いつの間にやら辺りはすっかり暗くなっていて――
「…………あれ?」
思わず、呆然と呟きが洩れる。……いや、流石におかしくない? さっきまでお昼過ぎだったはずなのに、こんなに急に暗くなるとかある? 困惑を抑えられないまま、改めて辺りを見渡すと――
「――あんなの、あったっけ……?」
戸惑う私の視界に映るは、何やら呪文らしき文字が刻み込まれた看板が掲げられた小さな木製の建物。……うん、率直に言って怪しさしかない。なのに……どうしてか、得体の知れない何かに取り憑かれたように、私の足は自然と引き寄せられて――
「……あの、失礼しまーす」
そう言って、控えめに把手を引き扉を開く。だけど、返事はない。
……えっと、入ってもいいんだよね? 誰に問い掛けるわけでもなくゆっくりと足を踏み入れ、そわそわと中を見渡す。
何かのお店と思しき空間全体に、樫の香りが仄かに漂う。そして四方隅では、ヤドリギが観葉植物のような役割を果たしている。そして正面、横長のカウンター隅には何やら怪しげな――
「――おや、こりゃまた可愛いお客さんだねえ」
「うわ!?」
卒然、カウンターの向こうから声を掛けられ危うく腰を抜かしそうになる私。恐る恐る顔を上げると、そこにはこの空間に違わず怪しげな雰囲気を纏う赤髪のおばあさんが。……うん、なんかもう帰りたい。