想い
「――誕生日おめでとう、ヘレナ」
「うん、ありがとヨハン」
丁寧に切り分けた一切れのショートケーキを差し出しながら、聖母のような笑顔で祝福の言葉をくれる美貌の男性、ヨハン。――あの日、絶望の淵にいた私へ救いの手を差し伸べてくれた青年だ。
あれから、かれこれ六年の歳月が過ぎ――私は、15の歳を迎えた。
あの日、私を捕えるべく放たれた追っ手から私を救ってくれたヨハンは、それに留まらずなんと身寄りのない私を引き取ってくれた。もしよかったら一緒に暮らそう――そう、うららかな春の陽のような優しい微笑みを湛えて言ってくれたのを、今でも鮮明に覚えている。
それからも、ヨハンはずっと優しかった。私が二度とあんな被害に遭わないよう、既に魔女狩りが廃止されていた隣の小国へとわざわざ移住してくれたりもして。どうして、そこまでしてくれるのか――ある日、どうしても抑えきれなくなり尋ねてみると、
『――実は昔、僕の友人も魔女として告発され裁判にかけられたんだ。そして……彼は、無惨にもその尊い命を奪われた。その時……僕は何も出来なかった。足が竦んで動けなくて……彼が火刑に処されるのを、ただじっと見ていることしか出来なかった。だから……そうだね、これは自己満足に過ぎないんだろう。君を守り抜くことで、せめてもの彼に対する贖罪に――そんな、浅はかな自己満足に過ぎないんだろうね』
そう、自嘲するように淡く微笑み話したヨハン。彼、ということはその友人は男の子なのだろう。魔女狩り、という用語から被害者は女性であると連想されるかもしれないけど、必ずしもそうとは限らない。割合としては高くないかもしれないけど、男性の被害者も一定数いると聞いている。実際、父が例の裁判の被害者となったように。
ただ、事情がどうであれ……どうか、そんな表情をしないでほしい。浅はかな自己満足だなんて……どうか言わないでほしい。だって、紛れもなく私は貴方に救われて……今だって、貴方がそばにいてくれるから、私はこんなにも幸せで……そして、そんな貴方のことをいつしか――
そして、そんな自身の想いに気付くと同時に悟らないわけにはいかなかった。それが、決して叶わぬ感情であることを。何故なら――彼には、愛する妻がいるから。私と出会うとうの前から共に時間を過ごしてきた、最愛の女性が。
この気持ちを知られてしまえば、きっとヨハンの心に負荷を掛けてしまう。優しいヨハンの心に、多大なる負荷を。だから、彼には決して知られることのないよう心の奥底に秘めたまま、いつしか枯れ果てるのを待つしかない。
――あの日までは、そう思っていた。