06 ギャップ
「うえーーん!! 何で三年も離れたのいじわるぅ〜!!」
お姉ちゃんが予約してくれた飲食店にて。お酒を飲むと言い出し私は止めたが、少しくらいなら大丈夫と豪語する彼女を止めなかった結果今の惨状となってしまった。
相変わらずのお酒の弱さ…やっぱ止めとくべきだった。
彼女はベッタリと体を密着させ柔らかみのある胸を押し付けてくる。昔からお酒を飲むとスキンシップがうざいほど激しくなるのだ。
「サファイアさんってお酒飲むとこんな風になるんだ…」
お姉ちゃんに強い憧れを抱いていたティミスちゃんもこの状況に一歩引いた位置で見ている。
「えへへ〜もう離さない〜」
「もう…えいっ!!」
私はお姉ちゃんを抱きしめそのまま首筋に手刀を強めに入れる。
「ぐえっ!」
私の胸の中でバタリと意識を失い全体重をこちらにかけてくる。
「はぁ…今度からは絶対に飲ませないようにしないと」
気を失った彼女を椅子にもたれかけさせ寝かしつける。体格が私達より一回り大きいのでこれだけでも重労働だ。
「幻滅したでしょ? 錬金の腕は確かなんだけど生活力が壊滅的で…」
ある意味お姉ちゃんは昔からずっと変わっていない。こんなのだが強さは別格だし旅では力になってくれるだろう。それに旅の最中で錬金についても色々教えてもらえるかもしれない。
料理を食べ終えた後二人でお姉ちゃんの肩を支えて店を出て宿に向かう。なんとか彼女の意識を取り戻せたので会話できなくなる前に場所を聞き出しておく。
「ここ…だよね?」
宿に着いた頃にはお姉ちゃんはまた眠ってしまっており、今度は揺さぶっても起きない。こうなっては明日の朝までダメだろう。
「サファイアさんは確かにここだって言ってた…はず。ごめんねあたしもあんまり自信ないや」
心配がかなりあったが宿の人がお姉ちゃんの知り合いだったようで顔を見せれば部屋まで通してもらえる。
「よいしょっと…ふぅ」
二人がかりで運んでいたものの体格差から疲労がかなり溜まってしまい、お姉ちゃんをベッドに寝かせた後一息つく。
「フェートちゃんのお姉さん…なんだか個性的だね」
「全く苦労させられるよ」
彼女の泥酔っぷりには優しいティミスちゃんも苦笑いを浮かべるしかない。とにかく十時間近くずっと喋っていたのでその疲労を取るべくお互い自室に戻り、私はベッドに倒れ込むようにして寝転がる。
「旅か…」
四、五年前のお姉ちゃんと旅した日々を思い返す。毎日が新しいことの連続で飽きが来ない日々。今度はティミスちゃんも一緒だ。
私はそのことに胸をときめかせ目を閉じ疲れた体を休めるのだった。
⭐︎
「あ、頭が…」
翌日ティミスちゃんとお姉ちゃんの部屋に行って彼女を起こす。二日酔いで頭を抱えて立てないようだ。
「だからお酒は辞めろって言ったのに…」
「だって久しぶりにアナタと会えて盛り上がっちゃって…」
「もぅ…ティミスちゃんも居るんだし恥ずかしいことしないでよ」
「ご、ごめんなさい…」
予定では朝早く出ることになっていたがお姉ちゃんがこの様子だ。出発は昼に延期になる。
「すみません馬車のおじさん!」
「いやいいよついでに旅に必要な物も買えたし」
お姉ちゃんは頭を下げて馬車業者の人に謝る。なんとか話をつけて数時間遅れで私達の旅が幕を開ける。
「街まで直で行くのは馬の体力的にできないから、途中で村に寄るからな」
「どんな村なんですか?」
私達三人は道中馬車の中で揺らされる。
「特にこれといってないな。平凡な何にもない村だよ。あ、でも一人面白い奴が居たな」
「面白い人?」
「どこまでもお人好しなバカ男がな。知り合いだったんだが冒険者になるって村を出たからどのみちもう居ないな」
「へぇ…帰って来ないんですか?」
「偶にだな。彼女も居るっていうのに…」
うわぁ残された彼女さん可哀想。多分優しいけどデリカシーとかない人なんだろうな。
「フェートちゃんは彼氏とか居たことあるの?」
「いやないない。物心ついたくらいからお姉ちゃんと居るし。ずっと旅してたし」
「あたしも居なかったな…近づいてくる人は全部ガペーラが威圧して追い払うし」
「ガペーラって同じ村の生き残りの?」
「うん! とってもかっこいいんだ〜」
私は頭の中で白馬の王子様をイメージする。いや、もちろん庶民なのだからそのイメージとは離れているだろうが、それでもこれから会う人の理想像を組み立ててしまう。
「もう何年も会ってないからなー今どうしてるかな?」
「その人はアグノスについては知らないんだよね?」
「うん。でもすっごく強い人だから頼りになるかも」
「そうなんだ…」
お姉ちゃんとはアルドの街でお別れだ。そこからは二人で行動しなければならない。もちろん私達も一人前なのだからそうすべきなのだがそれでも不安は残る。
そんなこんなで世間話をしていると日が暮れ今日は野宿となる。
「すまないちょっとおじさん限界だからもう寝てるな。火の始末とかは頼む」
おじさんは早い時間に眠りにつく。そこそこ高齢なので仕方ない。
「じゃあアタシ達は少しお勉強をしましょうか」
「勉強? 何の?」
「アナタ達二人は正直戦闘の腕はまだまだよ。だから自分の身を守れるように魔法を教えるわ」
「でも私達一応学校で魔法の訓練もしたよ? 戦闘の」
学校での日々は錬金の勉強だけでない。素材集めで魔物に遭遇しても身を守れるよう訓練は受けてある。それに私と彼女はその中でも1位2位の実力者だ。私に至っては模擬試合で負けたことがない。
「それはあくまで一般の魔物に対してのでしょ? アナタ達はアグノスと戦うのよ?」
「うっ……確かに」
この前だってあの個体は弱い方だった。それでも二人がかりで策を練ってなんとか倒せた。このままでは力不足なのは間違いない。
「ねぇフェートちゃん。サファイアさんはどれくらい強いの?」
「えっとね。この前戦った奴居るでしょ? あいつくらいなら片手だけで作戦なしでも勝てるくらい」
「確かにそんな人から見たらあたし達なんてまだまだだね」
「まぁ君達はまだ若い。未来や才能があるんだからアタシくらいすぐに追い越せるさ」
そうして私達は寝ている業者の人に背を向けて魔法の授業を受ける。
「まず魔法には属性があるってところはやったわよね?」
「うん。火、水、風、地、光、闇だよね?」
「その通り。そして魔法を使う際は体内にある魔力と大気中に含まれるマナを使用する」
お姉ちゃんは木の枝で地面に簡易的な図を書いて分かりやすく説明してくれる。
「魔力が体内に宿ってる力で、マナが大気中にある魔法の原材料。それでマナを魔力を使って操って魔法を行使するんですよね?」
「うんフェートちゃん満点。流石あそこを出ただけはあるね」
「えへへ」
彼女は憧れの人から褒められたこともあり頬を緩ませる。それから私達は魔法を深く知るためにお姉ちゃんの臨時講義を真面目に聞くのだった。
「あれ……? お嬢ちゃん達まだ寝てなかったのかい?」
数時間後業者のおじさんが目を覚ましてしまう。
「今日はここまでにしましょうか。明日もあるし寝るわよ」
お姉ちゃんはおじさんに一言謝ってから眠りにつく。私達も疲れを明日に持ち越さないためにも横になるのだった。