04 失ったもの→←得られたもの
「くそ…!! 未熟なガキ風情がぁ!!」
作戦に嵌り奴は怒りを露わにし鎧をボロボロと崩しながらもこちらに襲いかかってくる。
「ティミスちゃん!!」
私は彼女に合図を送り強風を吹かせる。炎の壁が揺れ、風は火を巻き込み奴の背中を炙る。
「ぐぁぁぁっ!!」
鎧が崩れた場所に熱が入り込み肉を焦がす。奴はそれにより更に焦りを加速させ、地面に潜水することもできないので一直線にこちらに走ってくる。
「起爆!!」
奴の足元に向かって炎を放ち爆発させる。これだけなら奴の勢いを止められない。だが狙いはこれではない。
「しまっ…!!」
奴の地面の下から光が漏れ出る。魔法石はこちらが設置した。位置は全て把握している。奴は逃げられず完全に不利な場に引き込まれたのだ。
先程よりも強い衝撃がこちらを襲い、爆発が連鎖し奴の体を覆い傷つけていく。
鎧はボロボロとなり覆われていない箇所の方が多い。血が溢れ奴の口からも漏れ出し地面を濡らす。
「どうする? もう二度と人を襲わないなら、人間として罪を償うなら見逃す…でもそうじゃないなら…!!」
「ふざけるな…あんなゾクゾクするもん見ずに生きられるかぁ!! お前も希望を失う姿を見せろぉぉぉ!!」
アグノス特有の興奮作用が働いており、奴はそれを制御できていない。もう人には戻れず破壊と殺戮の限りを尽くすのだろう。
「そう…じゃあ…!!」
私は両手に炎の剣を創り出し、奴の口を躱し両方の剣で鎧を砕き皮膚に傷をつけ出血を激しくさせる。
「でやぁっ!!」
トドメの一撃を繰り出す。
アグノスの体は魔力が高まった末のものであり、高濃度の魔力が蠢いている。傷口から多量の他者の魔力を一気に流し込めば体自体を保てなくなり、これだけ傷があればコントロールももうままならないだろう。
突き出した蹴りが奴の腹に突き刺さり、動きがピタリと止まる。
「そ…んな…!!」
奴の全身から魔力の粒子が溢れ出し崩壊していく。灰のように風に乗って体が霧散するのであった。
「はぁ…はぁ…!!」
周りに燃え広がった火を消しその場にへたり込む。準備込みでかなり魔力を使ったのと、命を賭けたやり取りに精神が疲弊してしまっている。
「フェートちゃん大丈夫だった!?」
先程錬金しておいたハイポーションを爆風の際にできた擦り傷にかけてもらい癒えさせる。
「ティミスちゃんもナイスアシストだったよ。手筈通り爆発させたところの魔法石起爆させてくれたり、風でサポートしてくれたし」
「そんなことないよ…あたしなんて怖くて直接前に出れないで…ごめん。危ないことはフェートちゃんに任せちゃって」
「いいよこうして助かってるんだし。気にしないで」
私はお姉ちゃんと旅している時に何度か魔物と戦ったことはあるが、ティミスちゃんはそんな経験はない。危ないことはさせない方が良いと判断したのは私だ。気負わせる必要はない。
「とにかく山を降りてみんなと合流しよう」
傷も体力を癒えたので私達は山を降りみんなと合流する。騎士団の人達もちょうど来ており、彼らに何があったのか事細かに話す。
「アグノス…か。噂は聞いているが本当に居るとは…とにかくある程度進んだところに爆破した場所があるんだな。確認してこよう」
他に生き残っていた人達の救助や私との証言の擦り合わせも完了し、騎士団の人達がアグノスに襲われなかったことからも私の証言の正当性は示され、死亡者は五人とアグノスが現れたにしてはかなり少ない犠牲者数で事件は幕を閉じるのだった。
⭐︎
「結局私達以外は試験を別日に行うことになったね」
事情聴取など終わり寮に戻ったのは夜遅くだった。試験は私とティミスちゃんはアグノスを倒し、更に質の良い火の魔法石を持ってきたので試験は合格にさせてもらえた。
他の生徒は別日だがそんなことはみんな気にしていないだろう。あの無惨に殺された死体。身近な者がいなくなるという現実。そんな悲惨なものを受け止めきれず泣き出してしまう子もいた。
「ねぇフェートちゃん。あの怪物は何だったの? 知ってるような素振りだったけど」
「そう…だね。話さないとね」
アグノスは一般的にはあまり知られていない。騎士団の人達も詳しくなかった。
「あれはアグノスっていう人ならざる怪物で、人間が突然変異した姿なの」
「突然変異…じゃあ元人間だってこと?」
私達はあのアグノスを殺した。それが元人間だと知り彼女の顔から血の気がサーッと引いていく。
「アグノスになった者は激しい混乱状態になって、人によっては凶暴になってもう二度と戻らなくなることもあるの。だからあれはもう人間じゃなかった。魔物よりずっと厄介な化物だった」
せめて罪悪感を紛らわせてあげる。だが嘘は何も言っていない。お姉ちゃんと一緒に目撃したのにはもう人間としての倫理を完全に失っている者も多数居た。
「アグノス…そんなのがいるなんて…」
膨大な量の情報を処理しきれず、ティミスちゃんは黙り俯いてしまう。
そのまま暗い空気のままその日は終え、翌日合格した私達は錬金術師としての資格をもらいこの学校から去る準備を始めるのだった。
⭐︎
「ティミスちゃんはさ…これからどうするの? 錬金術師になれたけど…例の孤児院に戻るの?」
部屋の片付けがある程度終わったあたりで私は話題を彼女にふる。
「とりあえずはそうだね。顔見せなきゃだし、一人心配してくれてる人もいるし」
「例の生き残ったっていうご近所さん?」
「うん」
やはり心配してくれる、想ってくれる人がいるというのは心強いらしく彼女の表情は幾分かマシになっている。
「フェートちゃん。一つ頼んでもいい?」
「ん? 何?」
「フェートちゃんはさ、これからもアグノスについて調べていくの?」
返答が一瞬遅れてしまう。彼女はアグノスの件はトラウマになっており、二度と口にすることはないと想っていたから。
「うん。お姉ちゃんも調べてるし、私も独自で動いて情報を集めるつもり。それで錬金術で何か解決に向かうような、凶暴性をなくせるような物や人間に戻せる物を作れたらいいなって」
「じゃあさ…あたしもついて行っていいかな?」
私の返答に食い気味に返ってきたものは同行の申し出だった。
「それは嬉しいけど…いいの? 危ないし、きっと今回みたいなこともいっぱいあるよ?」
「それでも…関わったから、知っちゃったから。もう放っておけない。そんな辛い事があるっていうなら、あたしは一人の錬金術師としてみんなが笑顔になる未来を作ってあげたい」
三年の付き合いからティミスちゃんの考えは手に取るように分かった。他人を想う傾向の強い彼女には私やアグノスの件を放っておけないのだろう。
「それがティミスちゃんの覚悟なんだね…うん。分かった! じゃあよろしく…頼めるかな?」
「これからもよろしくね。フェートちゃん!」
私の差し出した手を彼女は掴み握ってくれる。
この学校では様々なことを学べた。錬金術や世界のこと。魔物に素材についてなども。
しかし一番の成果は、得たかけがえのないものは彼女に違いない。これから一生を共にするかもしれない友人ができたのだから。