21 アグノスは
「ここがマーチの屋敷だ」
俺達は潜入用の迷彩服に着替えマーチの屋敷の近くにある茂みに潜んでいた。
「一応警備はまあまあの数買収してある。だが普通に動いているのも居るから気をつけろよ。バレて逃げられたりでもしたら面倒だ」
「ここからはどうやって?」
「とりあえず屋敷の中に入って奴を見つけ次第殺害。同時並行でお前はとりあえず金目の物をアイテムボックスに詰めまくれ」
「そんな強盗みたいな…」
「元々はこっちの物だったんだ。盗まれた物を回収するだけだ気にするな」
理屈は分からないでもないがやはり気が引ける。だがここで協力しなければ組織への繋がりが途切れてしまう可能性もある。
俺は優柔不断な自分を締め殺し覚悟する。
「よし今だついて来い」
ガンマさんについていき、音を立てず屋敷の中に忍び込む。
「とりあえず虱潰しに部屋を開けていくぞ。警備に見つかったら仲間を呼ばれる前に殺せ」
「殺すなんて…気を失わせるだけです」
「ちっ、勝手にしろ」
しかし警備に発見されることはなくスラスラと部屋に入っていき、金目の物をアイテムボックスに詰めていく。
「ちっ、マーチはどこにいやがる? 今日屋敷に居るのは確かなんだが…」
かなり遅い時間になり盗んだ物の総額も一個人が持つには度が過ぎるほどになってくる。
一体あとどのくらいこの屋敷にいるのか。そんな思いが思考を巡った途端突然屋敷が大きく揺れる。
「あ? 何だこの揺れ?」
「分かりませんが…確認してみる価値はありそうですね」
しかし他の警備員達も向かって行っているため音がした方に容易には近づけない。
「皆さん逃げてください! 応戦するなら屋敷の外で!」
角から顔だけ出して様子を探っていると聞き覚えのある女の子の声がした。
「この声…前話しかけにきたあのガキか?」
「ティミスの声ですね…何でここに?」
「どうせ警備とかそんなところだろ。それより応戦…? 何があったんだ?」
屋敷の中は警備の人達の慌ただしい足音と魔法を放ち爆発する音に包まれる。
「おい、あそこに居るのは…魔物か? 何で室内に…」
ガンマさんが暗闇の中を我が物顔で歩く魔物を見つける。
「あいつ色的に見にくいですね…このままじゃ…仕方ない」
俺はあの魔物が警備の誰かを不意打ちして怪我を負わせないよう先手を打って倒そうとする。
「待て。あいつは広間の向かい側だ。今出たら気づかれる。ここはオレに任せろ」
ガンマさんは飛び出そうとする俺の肩を掴み、代わりに人差し指の先に小さな魔力の塊を生成する。
「ほいっと」
軽い掛け声とは反対にそれは目にも留まらぬ速さで飛んでいき、正確に奴の眉間を捉え命を刈り取る。
「すごい…この距離を正確に一撃でなんて…」
「遠距離攻撃はオレの十八番だからな。それよりこっちから回っていくぞ。そうすれば人目につかず音の発生源付近まで行ける」
俺達は遠回りになるが少し迂回して音の発生源に急ぐ。
「居たあのアグノスだ…!」
廊下で資料にあったのと同じ蜂型のアグノスを見つける。魔物を十数体引き連れティミスと知らない中性的な見た目の人と交戦していた。
「あの二人…前のガキと、ちっ、どうしたもんか」
「とりあえずアグノスにはならずに戦いましょう」
生憎アグノスになってからは人間態でも前より力を出せるようになっている。不要のトラブルを避けるため俺達は人間の姿のまま彼女らに加勢する。
「誰だ君達は!?」
「オレ達は偶然通りかかっただけだ! とにかく助太刀するぜ」
ティミスが俺とガンマさんと顔見知りだということもあり、すんなりと戦闘には加勢できる。
「ちっ、二人も追加で…」
ガンマさんが魔物を無視してマーチを重点的に狙って魔力弾を撃つため奴は攻撃の手を止めざる得ない。
魔物も減り奴を守る駒が減ってきたあたりでガンマさんの弾丸が奴の頭を捉えた。と思ったが、当たる直前でアグノスから人間の姿に戻り縮んだことで弾は外れてしまう。
「じゃあな!」
奴はポケットから玉を取り出して地面に叩きつける。そこから煙が吹き出し辺り一面覆われてしまう。
「げほっ! げほっ! ちっ、これじゃあ無闇に撃てねぇ…」
手元までしか見えない濃い煙の中では無闇に攻撃できず、俺達はマーチに明確な隙を与えてしまう。
「じゃあな!」
壁が破壊される音がする。外の方に向かって羽音が段々と離れていく。
「ストーム!!」
ティミスが放った暴風が煙を掻き消す。すぐ側の壁に大穴が開いておりマーチが空を飛び森の方へ逃げていく。
「待ちやがれ!!」
ガンマさんが放った三発の弾丸が正確に奴の羽を捉える。
「うわぁぁぁぁ!!」
奴は森の中に落下していく。
「ちっ、この位置じゃ木が邪魔で狙撃もできねぇ。行くぞ!!」
ガンマさんを筆頭に俺達は四人で森の中に駆け込みマーチを追いかける。
「ちっ、こんなところにも魔物がいやがる!」
木々の隙間から魔物が襲いかかってくる。
「奴は魔物を呼び出す能力がある! 気をつけてくれ!」
中性的な人が怒鳴って情報を伝えながらも次々に魔物を切り倒していく。
あの人強い…もし俺がアグノスってバレたら…って、何を考えてるんだ俺は。今はマーチを追いかけないと!
しかし進めば進むほど魔物の質と数は増えていく。
「はぁ…はぁ…あれ? みんなは?」
必死に戦う中俺は他の三人と逸れてしまう。声を上げても誰もおらず、相当離れてしまったようだ。
「クソ…これじゃあ方向すら分からない…」
闇雲に歩いてもしょうがない。と思っていたが、適当に歩いていたら偶然木にもたれかかり休んでいたマーチに鉢合わせる。羽の傷はもう半分程治っていた。
「ちっ、運悪いなクソが!」
こっちが一人と分かるなり奴は両手についた巨大な針で刺してこようとする。
「はぁっ!!」
アグノスの力で槍を生み出し、魔法で刃部分を氷でコーティングし奴の針を受け止める。
「なっ、貴様まさか…」
「お前の悪行もここまでだ…!!」
針を弾き奴の体に向かって素早く突きを繰り出す。
「くぅ!!」
しかし寸手のところで針で弾かれ奴は大きく後退する。
「来いっ!!」
奴は羽を不規則に鳴らし不快な音を出す。すると俺の背後に紫色の円が発生しそこから巨大なスライムが飛び出してくる。更にそれに対処しようと思えば今度は大柄のオークが出てきて棍棒を俺に振り下ろす。
「はぁ…はぁ…ちっ、じゃあな!」
奴は消耗する体に鞭を打ってふらふらながらも飛び立って逃げ去ろうとする。
「待てっ!!」
奴を逃したら新天地でまた悪事を働くかもしれない。これ以上アグノスによって善良な人々が傷つけられてはいけない。
俺は咄嗟にアグノスに変身しスライムとオークを氷漬けにしてから槍で砕く。直後に駆け出し高く飛んだ奴に向かって拾った石を投げ当て撃墜する。
「大体こっちか…!」
姿は見えなくなったがあの威力ならしばらくは動けないはずだ。落下予測地点に急ぎ手に力を込める。
気配…!!
走っている最中死角に誰かの気配を感じ取る。俺はスッと足音を殺しつつ槍を振り上げる。
「はぁっ!!」
そして気合いを入れて槍を全速力で振り下ろした。だが、手は途中で止まってしまう。
「爆炎波!!」
そして手を止めたことにより彼女から反撃の一撃が放たれる。熱された衝撃波が俺を吹き飛ばし辺りの木の葉を燃やす。
「やっと追いつけた…アグノス…!!」
他の場所に居たのか、俺はフェートとばったり出会ってしまったようだ。
「あの子達の仕打ち…許さない…!! 絶対に倒してやる…!!」
手に持った武器からは赤い魔力が迸り彼女の怒りを表しているかのようだ。
憎しみと怒りが籠った二つの眼はこちらを睨むのであった。