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16 初めの一歩


「よぉ…いい加減目ぇ覚ませ小僧」


 俺は大きな揺れを感じ取り驚いて飛び起きる。


「っ…!? こ、ここは…?」

「やっと起きたか小僧。もう昼過ぎてんぞ」


 知らない天井に一般的な家の内装。そして初対面の中年の男性がもう一度ベッドの足を蹴る。


「うわっ…!! ちょ、ちょっと! あなたは誰ですか?」

「オレはガンマだ。まぁ短い付き合いになるだろうから覚えなくていいぞ」


 黒い服と帽子を身につけた薄い赤色髪の彼は愛想悪く応対する。


「俺を路地裏で拾ったんですか?」

「そうなるな。上に命令されてな」

「上?」

「アグノスで構成された組織の上司にな」


 アグノス。村からこの街に来るまでにサファイアさんからある程度説明は受けている。そして、俺が今そうなってしまっていることも理解している。


「勧誘ですか?」

「おっ、目が覚めてきたのか察しがいいな。その通りだ。どうやら上はお前を仲間に引き入れたいらしい」

「嫌です…今はとてもそういう気分じゃ…」


 ガンマさんもきっとアグノスなのだろう。だがそんなこと今となってはどうでも良かった。沈みきった俺の心には彼からの衝撃情報は少しも響かなかった。


「おいおいそう言うなよ。お前みたいなパターンはレアなんだぜ? アグノスになってある程度理性が保ててるし、実力も期待できる。だからわざわざオレを派遣してまでもお前を誘ってるんだ」

「すみません…最近辛いことばかりで、一人になりたいんです」


 アグノスとしてこの人についていくべきなのか、まだ人間と信じてこの人を倒すべきなのか俺にはもう判断できない。判断する資格がない。


「ちっ、何でオレがこんなしけたガキの子守りなんてしなきゃいけねーんだよちくしょう! 厄介な仕事が回ってきたぜ」

「はは…すみません」

「謝るくらいなら…はぁもういい。仲間に入るかどうかは後回しだ。お前には仕事を手伝ってもらうぞ」

「仕事を…?」


 俺は体を強張らせ警戒してしまう。アグノスの仕事。一体どんな悪どいことをやるのだろうかと勘繰る。


「んな警戒すんな。ある意味お前みたいな良い子ちゃんにはやり易い仕事だ」

「とりあえず…話だけは聞きます」


 気乗りはしないが彼の話し方からその仕事の内容に興味が出てきた。


「やるのはある悪人の始末とそいつが組織から持ち逃げした資産の回収だ」

「そいつもアグノスなんですか?」

「そうだ。名前はマーチ・ブームで四十二歳。オレよりちょい上か」


 ガンマさんは資料を片手に紅茶を飲みながら話を続ける。


「坊主も飲むか?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 貰った紅茶に口を付けつつ話に耳を傾ける。


「で、表では組織から回された商売をして普通に稼いでたが裏で奴隷商に、しかも非合法なものに手を出していると。そこまでならギリ見逃してたが、何を調子に乗ったのか組織の資産を持ち逃げして音信不通。舐め腐ってるね〜」


 そこからは聞くだけで耳が腐りそうな内容だった。奴隷に対しておおよそ人間に行うようなことではない非道の数々。自然と拳を強く握ってしまう。


「それで最近この街に来て滞在中…と。お、そういえば奥さんのルミアとかいうのも死んだんだってな」


 机の上に置いてあった新聞に目をやりながら彼の口から爆弾発言が投下される。


「待て…ルミアだって?」

「あ? 先日何者かに殺された女か? まぁおおよそマーチの野郎が恨みでも買ってたんだろ」

「いや…違う…」

「は? 何でそう言い切れんだ?」


 あの時の感触が、手に滴るあの生温かさとドス黒い色がフラッシュバックする。


「ルミアは…俺が殺したから」

「…そうか。そういやアグノスに覚醒したのは最近か…なら仕方ないな」

「どういうことですか?」

「アグノスの成り立ては魔力の循環の都合で感情のコントロールが不安定になるんだ。しかも出来の悪い奴はそこでブレーキが焼き切れて壊れちまう」


 あの時の自分の感情を、自分が自分じゃなくなる感覚を思い返す。


 もしかしたら俺もあのまま戻れなく…


 そんなもしもの未来が脳裏を過り薄寒い感触が全身を襲う。


「ま、気にすんな。戻れただけ幸運だったって気楽に思えよ」

「思えませんよそんな風に…だって俺は…かつての恋人を…」

「ちっ、他人との関係なんて重視するからそうなんだ。ちっとも理解できねえ。結局人間もアグノスも自分の力が全部だろうが」


 反論できなかった。俺は村での惨状を己の力で切り抜き、自らの感情を圧倒的な力で実現させルミアを殺害した。自分の力で切り開いた道だ。

 

「オレ一人でもあいつに負ける気なんてしねぇが、如何せん逃すわけにもいかない上に資産の回収もある。というわけでお前にも手伝って欲しいわけだ」

「…分かりました。組織どうこうはまだ判断できませんが…その件だけは手伝わせてもらいます」


 同意した理由は区切りをつけたいという想いからか、せめて償いたいという罪悪感からか。俺は彼に協力しアグノスとしての一歩を踏み出すのだった。



⭐︎



「やったねティミスちゃん! 二人とも無事冒険者になれたね!」

「うん! でも思ったより簡単だったね」

「まぁ二人が受けた錬金術師の試験に比べたら遥かに簡単だしね」


 私とティミスちゃんは冒険者になる試験に意気込んで挑んだがその内容は拍子抜けなものだった。


「でも二人とももうちょっと周りの空気を読む能力は鍛えた方が良いかな」

「え?」


 ガペーラさんが人の溜まり場を指差すので私達はそちらに視線が誘導される。


 複数人の男女がこちらを見つめていた。私達の視線に気づくとスッと顔をそっぽに向けて何食わぬ顔で世間話を始める。


「私達見られ…え、何で?」

「そりゃ期待の新人だからね。みんなパーティに誘おうと狙ってるんだよ」


 なるほどスカウトってことね。まぁでも私達はアグノスの件もあるし乗るわけにはいかないなー。


「二人ともその歳にしては異例レベルの高得点に、一部の魔法の腕を見ていた人達にとっては喉から手が出るほどの人材だ」

「あ、あはは…」


 そう言われるとなんだか体がむず痒くなってしまう。


「まぁあんな奴らは無視してまずは簡単な依頼でも受けてみようか。無難に…この薬草採集でもやってみようか」


 ガペーラさんは一枚の依頼書を受付に持っていき、私達に依頼の受注のやり方などを丁寧に教えてくれる。


「なるほどこうやるんですね…」

「慣れるとどれもこれも簡単にできてるから大丈夫だよ。さっ、早速初めての依頼をこなしに行こうか」


 私とティミスちゃんはガペーラさんについて行き、初めての依頼へと明るい先に向かって共に一歩踏み出すのであった。

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