11 怨嗟
俺は酒場でジョッキに入った酒を逆さにして口の中に放り込んでいた。
「でさーなんか昼間に赤髪の可愛い子が歩いてたんだよ」
「まじー? こっちは茶髪の子見たけど知り合いなのかな?」
「さぁ? 誰か探してるみたいだったけど」
周りでは俺みたいにヤケ酒する者も居たが話している人がほとんどだ。しかしそのどれもが俺の耳には入らない。
「んぐっ…んぐっ…すみません。もう一杯同じのください」
「ちょ、ちょっと大丈夫かいそんなペースで飲んで? 倒れたりしたら…」
「いいからお願いします」
「吐くなら外でね」
どれだけ酒を飲んでも飲み足りない。それだけ今の現状から逃げたかった。
「何で酔えないんだ…」
いつもならそろそろ泥酔する頃だ。なのに何故か今はあまり酔えない。気分のせいなのか、それとも混濁する記憶のせいなのか。
思い出せない…確かカリスと話してて…何があったんだっけ?
「うっ…ごくごくごく! もう一杯ください」
目を覚ました時に側にあったカリスの惨殺死体。それを思い出してしまい俺は忘れるべくジョッキをまた空にする。
「そういえばなんだっけ? あの商人また来たんだっけ?」
「あーあの成金野郎か。なんか新しい女連れてんだろ? なんだっけ…ルミアだっけ?」
「っ!?」
聞き覚えのある名前だけは聞き流せず俺は席を立ち上がり酒を楽しむおっさん二人の元に行く。
「あ? 誰だ兄ちゃん?」
「今の話…ルミアって本当なのか!?」
俺は焦りを露わにし二人に詰め寄る。
「そ、そうだけどあんた誰…?」
「どこに…ルミアはどこだ!!??」
俺は自分でも意識していないのに怒鳴り声を上げてしまう。意思に反して体が熱くなり感情が昂る。
「しらねぇよ誰だお前!? 商人ならここから南に行った区画に居るって話は聞いたけどそれ以上は…」
「っ!!」
俺はお金を余分に、そして乱暴に店員に投げ渡し店を飛び出す。自分でもこの乱暴具合に何をしてるんだと思うがそれでも自分自身を抑えられない。
雨が降り出し俺は傘を刺す人々にすれ違うがそんなことお構いなしに走り続ける。ぱしゃぱしゃと水が跳ね服を濡らす。
昔も雨の中…こんな風に走ったけ? 一回濡れるともうどうでも良くなって、俺とカリスとルミアでかけあって…服汚して三人して親に怒られたっけ…?
しかしカリスも親ももう居ない。みんな死んでしまった。その事実を再確認し頬に雨とは違う熱液が流れる。
「はぁ…はぁ…」
気づけばもう夜になり雨風が更に激しくなる。同時に俺の奥底で心を炙っていた怒りの炎が徐々に大きくなる。
「まさか…エディア?」
息を切らしていると後ろから聞き覚えのある声がぶつけられる。
「ルミア…なのか?」
俺が確信を持てないほど彼女は変わっていた。豪華な服や宝石を身につけ、化粧も濃くなっている。綺麗と言えば綺麗なのだが、彼女らしくない。
「はぁ…アンタと出会うなんて最悪」
「…そうだな」
胸中がぐつぐつと煮え上がる。彼女は俺を捨てた。もう整理をつけたはずなのに顔を見たら怒りが湧き上がってくる。
「何? もうアンタみたいな田舎もんと付き合ってる暇なんてないから。さぁー貰った金でまた別のお店に…」
「ちょっと待ってくれ。実は…」
俺は村で起きたこと、俺やカリスにルミアの両親も殺されたことを伝える。
「戻れとは言わない。せめて少しでも良いから顔を見せてみんなを安心させてあげ…」
「嫌よ面倒臭い」
「は…?」
しかし返答は人の心がなく、彼女のものとは思えない言葉だった。
「あんな田舎臭さに加え辛気臭さまで加わったところに行きたくもないわ」
「お前…いい加減にしろよ!」
俺は頭に血を上らせて彼女の胸倉を掴み上げる。
「な、何よ離しなさいよ!!」
彼女は強気に俺の腕を掴むがその手は震えている。だが今の俺はその怯えを見ても全く同情せず、相手を想いやろうという感情が全く湧いてこない。
「はぁ…はぁ…」
息が荒くなる。目の前が真っ赤に充血し心臓の鼓動が耳に響く。
この熱…感触…どこかで…
喉が焼ける感覚。全身から力が溢れ出る感覚。それらが閉ざされていた記憶を呼び覚ます。カリスが殺され、俺も腹を貫かれ謎の液体を飲まされたことを。
「俺がこうなったのは…俺のせいじゃない」
「はぁ? 何よ急に…」
「お前らのせいだ…お前らのせいだ!!」
ついに感情が制御できなくなり俺は彼女を突き飛ばし地面に叩き落とす。
「いたっ…なにすん…え? 何その体…」
言われて初めて気づく。体が段々と変色していく。村で戦ったあの怪物のように。
「あぁぁぁぁ…」
限界を突破する高揚感に彼女への憎悪。そして自分の肌が灰色へと変色していく恐怖感と嫌悪感。様々な感情に支配され変異は進んでいく。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
周りの水滴が吹き飛び近くの民家の窓や外壁にぶつかっていく。
「ば、化物…!!」
俺の体は完全に怪物そのものになってしまっており、すぐ側の水溜りに己の姿が映る。
整った大きい筋肉の塊である体に、額には巨大で立派な角。そして黒い目にギョロギョロと動く白い瞳。
否定できない。完全に異形の怪物だ。だがそんなこと今はどうでもいい。
「ひっ…来ないで…!!」
ルミアは腰が抜けてしまっており尻を引き摺って後ずさる。
「これはもう…要らない」
持っていた槍を真っ二つにへし折りそれを手で丸め握り潰す。
すごい力だ。身体強化魔法の具合も人間の頃より遥かに良くなっている。
「た、助けて…」
「死ね」
俺は手から生み出した槍で彼女の心臓を貫く。鮮血が槍を伝って水溜りに落ち排水溝に流されていく。
「あっ…あっ…」
彼女の血相はどんどん悪くなっていき、最後は力なくバタリと倒れ二度と動くことはない。
俺は今日初めて人を辞め、そして人を殺めたのであった。