禁秘の姫様(10)
「許婚のことにございますよ。姫様」
太郎の一言に、千代は見る間に顔を赤く染め上げる。口をパクパクとさせている千代の反応は太郎の想像通りで、そんな様子も微笑ましいと頬を緩めた太郎だったが、すぐにその表情を引き締める。ここまで話したからには、もう全てを千代に打ち明けるつもりでいた。
「私は、姫様を守るナイトとして今日までその使命を全うして参りました。そして、これからもお側でずっと姫様をお守りしお仕えしたいと願っております。姫様は私を生涯の伴侶と認めてくださいますか?」
太郎の真摯な眼差しが千代を射貫いた。千代はそんな太郎の視線から目を逸らしてしまう。なかなか熱の引かない頬を両手で押さえて冷ましながら、働かない頭で必死に太郎の言葉を理解しようと試みる。
しかし、千代はこれまで太郎のことを異性として意識したことなどなかったのだ。それが急に好いているだの許婚だなどと言われても、どのように反応すれば良いのか分かるはずもない。
そもそも太郎が自分のことをそのように見ているなどと千代は考えたことすらなかった。これまで共に過ごしてきた太郎は、千代にとって物心ついたときからいつも傍にいる家族と変わりない存在だった。自分をいつも肯定してくれて、心置きなく頼れる存在。千代が太郎に向ける思いはまさに親愛の情。千代は、太郎も同じ思いを向けてくれているのだとばかり思っていた。それがまさか自分のことを恋愛対象として見ていたなんて、千代には驚き以外の何物でもない。
しかし、太郎の真摯な言葉と眼差しに嘘はないように思えた。だからこそ千代には確かめねばならないことがある。
「……いつから?」
「はい?」
「いつから、その、わたくしのことをそのように思ってくれていたの?」
千代の言葉に太郎は困ったように眉根を寄せた。千代の疑問はもっともである。これまで二人は互いに兄妹か家族かという態度で接していたはずで、その日常すぎるほど日常のどこにその様な淡い想いを抱くきっかけが潜んでいたのか分からない。
千代の問いを受けた太郎はしばらく考え込むように沈黙した後、小さく頭を振ると申し訳なさそうに口を開いた。
「それは私にもよく分かりませぬ。ただ、姫様を御守りすることが私の役目なのだと知り、貴女様を近くで見守っているうちに、いつの間にか私の姫様への思いが育まれていったのかと」
根が真面目な太郎は、自身の胸の内をまるで他人事のように冷静に分析する。




