禁秘の姫様(5)
太郎の言葉に千代は頷く。そして小さく鼻を啜った。小さく丸まった千代の背に太郎の手が添えられる。その手の温もりが止っていた千代の涙を再び溢れさせた。
「姫様。泣くことではありません」
太郎はゆっくりとした口調で千代を諭すように言う。しかし、千代は小さく頭を振った。
「だって。……だって、わたくし全然考えも力も足りなくて……」
涙声でそう言うと、千代は堰を切ったようにしゃくり上げる。太郎は黙ってそんな千代の背を撫で続けた。しばらくそうしているうちに、千代も落ち着いたのだろう。嗚咽がやんだ頃を見計らって太郎が口を開いた。
「姫様はよいご経験をされたのです。他者のために身を削ることが決して美徳ではないということを学ばれたのですよ。これからの姫様には必要な経験だったと思います」
千代はゆっくりと顔を上げた。涙で濡れた瞳が太郎を映す。
「でも、だったらどうして? 他人のために己を犠牲にするのが良くないことなら、いつもわたくしに仕えている太郎はどうなの? 貴方だって己を犠牲にしているじゃないの?」
千代は太郎に問うた。太郎は小さく笑みを浮かべる。
「それは違います、姫様。それが私の使命なのです。私は己の使命のためにいつも動いているのですよ」
太郎はきっぱりと言い放つ。しかし、千代には太郎の言いたい事がよく分からないようだ。不思議そうに首を傾げる千代に、太郎はなおも続けた。
「血に刻まれた己の使命。私はそれを全うしているだけです」
千代は尚も太郎の言葉に首を傾げるばかりだ。
「血に刻まれたって……。一体何のこと? 良くわからないわ。わたくしたちはこの河原で拾われた子ども。わたくしは井上の家に、貴方は高山のおじ様に貰われただけのこと。本当なら、わたくしと太郎との間に主従の関係なんてなかったはずよ。……そうよ。それなのに、いつの頃からか太郎がわたくしの従者のように振る舞うようになって……」
千代はじっと太郎を見つめる。太郎もそんな千代を静かに見つめ返した。やがて、太郎はぽつりと呟くように告げる。
「私は……自分が何者であるのかを知ったのです」
太郎の言葉に千代ははっと息を飲む。
千代が長年疑問に思っていたこと。それは、自身の根源に関わるものだった。以前から太郎は何かを知っているようだとは思っていたのだが、どんなに訊ねても太郎は口を割ろうとはしなかった。それが今、太郎自ら千代に語り出そうとしている。
千代は思わず身を乗り出した。




