朋友の姫様(16)
千代の想いに基子は盛大に呆けた表情になる。千代がそこまで自分のことを考えてくれているとは思わなかったのだ。基子は驚きに目を見開き、千代を見つめることしかできない。
「其方は……私のために大奥へ入ると?」
基子の呆然とした声が静かに響く。千代は小さく頷いた。
「ええ。だってわたくしと基子様は友でございましょう? 友のためならばわたくしはどんな事でも致します」
基子は複雑な気分になる。確かに大奥へ千代が来れば少しは楽しい日々が送れるかもしれない。だがそれは同時に千代の人生を狂わせることでもある。基子とて初めての友を自身のせいで不幸にはしたくない。
「千代。其方が私を案じてくれる気持ちはありがたいが……」
基子の言葉を千代は遮る。
「いいえ! わたくし、決めたのです! もちろん。基子様の為だけではございませんよ。先ほども申しましたように、此度の縁談は婚姻を望まぬわたくしにとって都合がよいのです。この機会を逃しては、わたくしは、また望まぬ縁談に憂慮せねばならないのですから」
千代は強い口調でそう告げると、再び決意に満ちた目で基子を見据える。その瞳の力強さに思わずたじろぐ。そんな基子に構わず、千代は再び口を開いた。
「わたくしは絶対に大奥へ参ります!」
千代の決意は固い。何を言っても考えを曲げないつもりだろうと基子は悟った。頼みの綱の太郎は、千代の大奥入りに反対の意を唱えながらも力ずくでも諦めさせようという素振りは見られない。乳吞児の頃からの付き合いなのだ。きっと、こうと決めたらテコでも動かない千代の性格をよく知っているのだろう。
基子は諦めと共にため息を吐いた。こうなれば最後の一手を打つほかない。
基子は視線を彷徨わせた。春陽の姿を室内に探し、命を出していたことを思い出す。この場に春陽がいればあるいは何か良い手立てを思いついていたかもしれないが、こうなっては致し方ない。基子は腹を括る。そして、静かに息を吸い込んだ。
「千代。やはり私は其方の大奥入りには承服し兼ねる」
「なっ……」
反論しかけた千代を、基子は片手を上げて制した。千代が開きかけた口を閉じる。基子の発する雰囲気に、何かを感じたらしい。基子は言葉を続ける。
「千代。そして、太郎。これまでの話は他言無用で頼む。そしてこれから話すことは、私と春陽のみが知る事。最重要機密と心得よ」
千代と太郎は基子の言葉に分からぬままに頷く。それを見届けて、基子は口を開いた。




