朋友の姫様(14)
「もしかして、基子様はわたくしが近くにいるのはお嫌ですか?」
不安そうな顔で基子を見つめる千代に、基子はつい首を横に振ってしまう。
「そうではない。私とて今よりも友と気軽に会えるようになるならば嬉しい限りだ。だが……」
そこで言葉を切る。千代の幸せを願うのならばこのまま思いとどまらせるべきなのだ。千代の決意を受け入れてはならない。基子は唇を噛み締めた。千代を思いとどまらせる手があと一手残っている。だがそれは、基子と春陽以外誰も知り得てはならない最重要機密。安易に口にできるものではない。基子は千代から視線を外すと、それまで鳴りを潜めて控えていた太郎へと目を向けた。
太郎は口を真一文字に結び、眉間には深い皺を刻んでいる。それはそうだろう。千代の婚姻の話すら寝耳に水だったのに、当の千代が輿入れに前向きとあれば、待ったをかけたい気持ちが大きいはずだ。それでも、千代と基子の会話の妨げにならないよう口を挟まずにじっと控えていたのだろう。太郎の険しい表情を静かに見やりながら基子はゆっくりと口を開いた。
「かように其方の姫様は申しておるが、其方には大奥へ入った女子と会う策があるのか?」
基子の言葉に太郎は苦虫をかみつぶしたような顔をする。眉間の皺を更に深く刻み、何かを思案するような表情をしばらくの間見せていたが、やがて、力なく頭を振った。
「いえ。私などには姫様が望むような策は思い浮かびませぬ」
その答えに千代は驚いたように目を丸くした。
「ちょっと。太郎? 何を言っているの? しっかり考えて頂戴。貴方、わたくしと会えなくなってしまってもいいの?」
千代が慌てたように太郎の袖を引いているが、太郎は俯いたまま首を横に振るばかり。千代が最も信頼しているであろう太郎が、千代の望む答えを口にしない。
それが何を意味するのかを基子は二人の様子を見ながら考える。こんな時、自身の側にいる春陽ならばどのような手を使おうとも、主である基子の希望を叶えるために奔走する。それをしない太郎には、果たしてそれだけの能力がないのか、それとも何か他に理由があって千代の意を汲もうとしないのか。基子は静かに目を伏せた。太郎の考えは分からないが、それでも、太郎の意志は掴めたような気がした。
基子はゆっくりと息を吐く。そして太郎をじっと見つめた。基子の視線に気づいた太郎も、じっと見つめ返してくる。その瞳の奥に基子は何かを期待する色を見た気がした。




