朋友の姫様(10)
基子は静かに頭を下げる。その様に千代は慌てて首を振った。
「関係ないなどと仰らないでくださいませ! つまり、わたくしのお相手は基子様ということにございましょう? でしたら、関係は大ありではないですか!!」
千代の勢いに、基子が目を丸くする。しかし、すぐにその顔には呆れとも苦笑ともつかぬ笑みが浮かぶ。
「其方はやはり面白いな。普通はこの様な話、容易には受け入れられぬものだぞ」
基子はそう言って笑う。その言葉に千代はぷくりと頬を膨らませた。先ほどまでは基子が格上過ぎる程格上の家人であることに震えていたと言うのに、それ以上に驚くべき秘密を聞かされたためか、千代の調子は驚きを通り越して平常へと戻っていた。
しかし、勢いよく声を発したもののそれで事が解決したわけではない。基子が言うように普通の婚姻話とは訳が違うのだ。基子が次期将軍になると言うのであれば、この縁組を渋ったのもそれなりに納得がいく。世継ぎの問題があるからだ。千代と基子とでは子は成せない。そもそもこの婚姻自体意味のないものだと言える。
「基子様は、その様な難しいお立場で先のことを考えておいでのために、わたくしとの婚姻を望まれないのですか? ……その……わたくしと基子様では世継ぎは望めませんものね」
千代が問うと、基子は浮かべていた笑みをスッと消す。そして静かな眼差しで真っ直ぐに千代を見つめた。その目は真剣な色を湛えている。
「それはまぁそうなのだが、世継ぎの事は特に気にしてはおらぬ。世継ぎなど外戚から誰ぞ選べば良いだけの事だ。ただ私は、其方を不幸にはしたくないのだ」
基子の言葉に千代は目を瞬く。
「わたくしを不幸に?」
千代の問いかけに、基子は小さく息を吐く。そしてゆっくりと口を開いた。
「ああ。私が……基家が其方を娶れば、其方を大奥に縛りつけることになる。将軍と縁付いたとあらばそれは仕方なき事。だが……私は見栄と欲に塗れたあの醜き場所に其方を閉じ込めたくはない」
基子はそう言うと目を伏せる。その言葉に千代はハッとした。大奥とは将軍の妻や側室が住まう場所だと聞いている。千代はそれ以上のことは何も知らなかったが、それでも基子が言うことはあながち間違いではないのだろうと思えた。何故なら、人は自身と他者を比べたがるものだから。そして自身を優位に立たせたがるものなのだ。それが人間の本性。千代はこれまで何度となくそんな私欲を含んだ視線や悪意に晒されてきた。




