旗本の姫様(14)
その日の夜、正道が帰ってくると千代は早速今日あったことを語った。
「また来てくださるそうなのです。それって、わたくしとお友達になってくださったということですよね?」
千代の話を正道は何処かうわの空で聞いている。しかし、千代はそれには気づかず話を続けた。自身と歳の近い娘と時を忘れるほど話に花を咲かせたことがよほど嬉しかったのだ。
「基子様と仰るのだけど、どちらのお家の方かは教えて頂けなくて……。お話の仕方から、格上の御武家様のご息女であることは確かだと思うのです。お父様は基子様がどちらのお家の方かご存知ですか?」
「そうか。……良かったな」
正道の返答に千代は首を傾げる。それから頬をぷくりと膨らませた。
「もう、お父様ったらっ! きちんとわたくしの話を聞いて下さいませ。わたくしは基子様について何かご存知ですかと、お尋ねしているのですよ」
千代の言葉に正道は苦笑する。
「すまん、すまん。友が出来たのだろう……良かったな、千代」
父の言葉に千代は満面の笑みを浮かべる。それから、じっと正道を見る。その瞳には心配の色が滲んでいた。
「お父様……? もしかして、お加減でも悪いのですか?」
「いや、そんなことはない」
「そうですか? ならば良いのですが……。あまりご無理はなさらないでくださいね」
千代の言葉に正道は優しく微笑んだ。そんな父を千代が不思議そうに見つめていると、正道のために酒を用意した志乃がやってきた。
「お母様、お父様は何だかお疲れのご様子ですから、お酒はお控えになった方が……」
「あら? そうなのですか?」
娘の言葉に志乃が心配そうに正道の顔を覗き込む。その顔は確かに憂に満ちていた。
「いや……大丈夫だ。だが、話がある。座ってくれ」
正道に促された志乃は、酒を注いだ杯を正道に手渡すと、その隣にそっと座った。
「……千代、友が出来たと言っていたな」
正道の言葉に志乃と千代が顔を見合わせる。どうも今夜の正道は様子がおかしい。千代は訝しく思いながらも父の問いに答える。
「えぇ、そうです。ですから、基子様のことを何かご存知ないですかとお伺いしているのです」
正道は杯を一気に煽る。そして、空になった杯をコトリと置くと重たい口を開いた。
「残念だが、千代……」
「やはり、お名前だけではお父様でも分かりませんわよね。今度お会いしたら、わたくしもう一度お尋ねして……」
少し肩を落としつつも、千代は次に会える日に思いを馳せ笑みを浮かべる。




