旗本の姫様(11)
その様子を基子はじっと見つめる。そんな基子の視線を感じたのか、太郎がチラリと視線を送った。基子は慌てて視線を逸らす。
「……どうかなさいましたか? 基子様」
千代が不思議そうな顔をしながら基子に声をかける。基子は、何でもないと首を振った。しかし太郎が千代の後ろに控えると、基子の視線はチラチラと忙しなく明らかに太郎の方へ向けられるようになった。その様子を暫く見守っていた千代だったが、やがて小さく笑みを漏らす。
「基子様、やはり太郎のことが気になりますか? 何かお話になりたい事でも?」
千代が直球すぎる問いを投げれば、基子は目に見えて狼狽える。
「なっ! ちが……っ!」
顔を真っ赤にして否定する基子に、千代は可笑しそうにクスクスと笑う。基子はそんな千代を恨めしそうに見ながら、弁解するように早口で捲し立てた。
「そ、其方たちは乳兄弟と申しておったな? 同じ眼をしておるのに、兄弟ではないのかと思ってな」
基子はそう言うと、チラリと視線を太郎の方へ向けた。千代は基子の言葉に柔らかく微笑む。
「そうですねぇ……。わたくしはずっとこの者を兄だと思っているのですが、本人が頑なに違うと言い張るのです。何故認めてくれぬのか? そんなにわたくしの兄となることが嫌なのでしょうか?」
千代が軽くむくれながら太郎を睨むと、太郎は困ったように眉を下げ慌てて否定する。
「と、とんでもございません! しかし、実際に私は姫様の兄ではありませぬ故……」
千代は納得いかないという風に口をへの字に曲げる。そしてそのまま顔を基子の方へと向けた。
「ほらね。いつもこの調子なのです。……酷いと思いませぬか、基子様?」
突然話を振られた基子は、一瞬たじろいだ。それから小さく咳払いをすると口を開く。
「そ、そうさな……。血縁かどうかはさておき、其方がその者を兄のように慕っているということはよく分かった。それで良いのではないか? 血の繋がりなど何の宛てにもならぬからな。それよりも、互いに信頼し合える相手であればそれだけで十分であろう……あとは、兄と慕おうが妹と慈しもうが、好きにしたら良いと私はそう思うぞ」
基子の言葉に千代は目を大きく見開くと、嬉しそうに微笑んだ。それから太郎の方へと顔を向ける。
「だそうですよ、太郎。わたくしが其方を兄と思い慕うのは、わたくしの勝手ですわ」
千代の身勝手な解釈に太郎はますます狼狽える。
「いえ! しかし、私は本当に姫様の兄ではないのです」




