旗本の姫様(10)
言葉を発せずともそれだけで千代の置かれた状況が基子にも察せられた。
すると、俯き黙り込んだままの千代に、基子はずりっとにじり寄るように身体を寄せた。そして、千代の細い手を取る。突然基子に手を取られ、千代はハッと顔を上げる。そんな千代の瞳を真っ直ぐ見つめて、基子は口を開いた。
「其方の瞳は、透き通った綺麗な色ではないか! その……太郎も……。私は……嫌いではない」
そう言う基子に、千代は心底驚いたという顔をする。それから、急にクスクスと笑い出した。そんな千代の様子に今度は基子が驚く番だった。
「な、なんだ? 突然」
訝しげに眉を顰める基子に、千代は込み上げてくる笑みを堪えながら応える。
「いえ……っすみません。基子様がとても真面目な御顔で『嫌いではない』とおっしゃるものだから、なんだか可笑しくて……」
目尻の涙を拭いながら千代は言う。そんな千代の姿に基子は呆気にとられる。
「そう言って下さる貴女様だから、わたくしは基子様を信じようと思うのです」
そして、とうとう声を出して笑い出した。千代の言葉の意味が分からず基子は首を傾げる。しかし、次第につられるようにして顔が綻んだ。
「はははっ! まったく其方はころころとよく表情が変わる。……本当に、不思議な女子だな。私の周りには其方のような女子はおらぬ。皆、私を見ると顔を強張らせるのだ」
基子はそう言って寂しそうに笑う。そんな基子の手を今度は千代がしっかりと握り返した。
「それはきっと……貴女様がとても美しいからですわ。わたくしもその美しさに見惚れましたもの」
千代の言葉に基子は大きく目を見開くと、少し頬を赤らめた。しかしすぐに小さく頭を振る。
「……いや、私は美しくなどない」
「まぁ、ご謙遜を!」
「違う! 本当に私など……。其方の方が余程美しいではないか」
それからしばらくの間、二人は互いに一歩も引かずに美しいだの美しくないだのと言い合っていたが、その不毛な会話のやりとりに、やがてどちらからともなく吹き出した。二人はそうして気心の知れた友のように笑い合う。
そこへ温かい茶を持って太郎が戻ってきた。部屋に戻った太郎の目にまず飛び込んできたのは、楽しげに談笑している二人の姿だった。
「ご歓談のところ、失礼致します」
二人の前にそっと湯呑を置く。そして、小さな声で千代に問いかけた。
「姫様、私が動いた方がよろしいでしょうか?」
太郎の言わんとすることを察した千代は、小さく首を振る。