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旗本の姫様(7)

 千代が優しくそう問うと、娘は一瞬固まった。


「そ、それは……」


 口ごもる様子に、千代は首を傾げる。濡れ鼠だった娘はそんな千代を見て、どこか観念したように息を吐き出すと意を決した様子で口を開いた。


「実は……所用で外へ出たところ雨に降られ……その、雷が……」

「まぁ! もしかして雷が怖いのですか? あぁ、それで雨の中動けなくなってしまわれたのですね」

「別に怖いとかそう言うのではなく……っ」


 濡れ鼠だった娘は、瞬時に顔を赤くして慌てて否定するが、千代はどこか納得のいったように笑みを浮かべた。


「お気になさらなくても良いのですよ? 人には苦手の一つや二つありますもの。わたくしの母も先ほどまで震えておりましたわ」

「え?」

「母も雷が苦手なのですって。わたくしつい先ほどまでそのような事全く存じ上げなかったのです。娘として不甲斐ないと思いませんか?」


 千代はそう言うと、少し気落ちしたように肩を落とした。その姿に濡れ鼠だった娘は慌てたように声をかける。


「そんな……っ! 苦手な物は存外他者には打ち明け難いものだ。其方が承知していなかったとしても無理はないっ」


 娘があまりにも必死な表情で言うものだから、千代は何だかおかしくなって、つい笑みをこぼした。


「ふふっ」


 その笑みに、娘は驚いたように目を見開いた。しかしすぐに小さく咳払いをすると、決まりが悪そうに視線を逸らす。


「……っ! いや……これは失礼した」

「いえ、こちらこそ失礼致しました。まさか見知らぬお方に慰められるとは思ってもみなくて……」


 千代がそう言うと、娘は先ほどまでの気丈な態度と違い、どこか気まずそうに視線を彷徨わせる。その様子に千代はますます笑みを深めた。


「貴女様は不思議なお方ですわね。殿方のようにはっきりと物を言われる。それでいてそのお姿はとても優雅でお美しく、女のわたくしでも見とれてしまうほど。わたくし、もっと貴女とお話をしてみたくなりました」


 千代はそう言うと、そっと娘の手を取る。その動作に娘はビクリと肩を震わせた。しかし千代は構わず、その手を両手で包み込むように握り直し、真っ直ぐに瞳を見つめた。


「申し遅れましたわ。わたくしはこの家の娘で、千代と申します。こちらは太郎。わたくしの乳兄弟ですわ」


 千代は少し離れたところに控える太郎を振り返ってそう紹介する。千代に紹介された太郎が、その場で小さく頭を下げた。


「……太郎……」


 娘は口の中で小さく太郎の名を転がす。

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