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旗本の姫様(6)

 志乃の言葉に、二人は静かに頷いた。それから、誰とも知れぬ者を前にどちらからともなく深い溜め息を吐く。


「本当に近頃は変わった方ばかり。少し前までは、誰とも知らぬ者が我が家へ尋ねて来ることなどありませんでしたのに」


 千代は濡れ鼠を見つめながらそうつぶやいた。太郎はその言葉を静かに聞いている。


「もしかして、この方もわたくしにご用があったのかしら?」


 このところ井上家へやって来ていたあまり歓迎したくない珍客たちのことを思い出し、千代はそう考えた。しかし、ただ横たわっているだけなのに目の前の娘からはどこか気品すら感じ、これまでの珍客たちと同じと考えては、少し失礼な気もした。


 千代が濡れ鼠をまじまじと見つめていると、その瞼がピクリと動き、ゆっくりと目が開いた。


「あ!」


 千代と太郎は同時に声を上げる。


 娘は焦点の合わない目で二、三度瞬きをしてからハッとしたように飛び起きた。しかし、急に起き上がったせいなのか、ふらついて再び床に倒れ込みそうになる。とっさに太郎が濡れ鼠の肩に手を伸ばし、その身体を支えた。


「急に動いてはなりませぬ」

「な……っ……」


 太郎の手にビクリと肩を震わせた濡れ鼠は、キッと太郎を睨みつける。しかしその目は驚きに見開かれた。そして、太郎の顔に釘付けになる。


「申し訳ありませぬ。勝手にお身体に触れたご無礼をお許し下さい」


 自身を凝視したまま動かなくなった濡れ鼠に太郎は頭を下げた。しかし濡れ鼠は太郎を見つめたままだ。


「あの……?」


 千代もそんな濡れ鼠の様子に困惑し、声をかける。するとようやく我に返ったのか、手早く着物の乱れを直し、(とこ)の上に座り直した。濡れ鼠のその仕草は洗練されていて、とても男装をしていたとは思えないほど優雅で女性的だった。


「お加減はいかがですか?」

「もう大丈夫……だ……」


 濡れ鼠は千代の問いに対し、何故か居心地悪そうに視線を彷徨わせながらそう答えた。その態度は妙に怪しかったが、顔色もだいぶ良くなっているし、声もしっかりとしていることに安堵した千代は、思わず笑みを漏らす。


「それは良かったです。安心しましたわ」


 千代がニコリと微笑むと、濡れ鼠だった娘は一度目を閉じ、小さく息を吐き出す。そして、ゆっくりと目を開いて改めて千代をまっすぐ見つめた。


「此度は迷惑をかけ……おかけした。何と詫びを申したら良いか……」

「いえ、お気になさらないで下さい。それよりもどうして雨の中、貴方様は外に?」

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