格下の姫様(9)
そう呟くと、吉岡は顎に手を当てて何かを考えるような仕草をする。そんな吉岡の様子に太郎は嫌な予感しか覚えなかった。
「ふん。それくらいのものならば、まあ良いだろう」
ニヤリと笑うと、吉岡は千代に向かって頷いた。そんな吉岡に千代は大袈裟に喜んでみせる。
「ありがとうございます!」
千代の喜ぶ様子に、吉岡は更に気を良くした。
「たかが水と石で、それほどに喜ぶとは。すぐに用意をするとしよう。三日待て。その間にお前も準備をしておけ」
気持ち悪いほどに顔の筋肉を緩め、踵を返そうとした吉岡に向かって、千代は、はてと首を傾げる。
「三日なんて……それほどにすぐにお迎え頂けるのは大変嬉しゅうございます。ですが、ご無理はなさらないで下さいませ。わたくしはいつまででもお待ち申し上げるつもりでおりますので」
そう言ってニコリと微笑む千代を、吉岡が訝し気な顔で見返した。
「なに? いつまでも待つだと?」
そんな二人の会話に割って入る様に太郎が叫んだ。
「姫様! もう、お辞め下さい!」
しかし、太郎の声などまるで聞こえていないのか、千代の視線はじっと吉岡に注がれている。
「ええ。だって、北方の山中ですよ? 幾ら貴方様が屈強で体力のある御方でも、流石に三日で帰るなど無理をしすぎでございます。ご無事で帰ってきて頂かねば元も子もございませんもの。無理はなさらないで下さいませ。ね?」
千代が不安そうに瞳を潤ませて言う。そんな千代の仕草に、当の放蕩息子どころかその場に居る取り巻きたちまでもが、思わず顔を赤くした。
吉岡はまたも下卑た笑いを浮かべると、グイッと千代に近づき、その腰に手を回す。
「そのような心配はいらぬ。水など俺が取りに行くわけがなかろう。だが、そうか。早馬で行かせるが、奥山のようだし七日は掛かるかもしれぬな」
千代の腰を抱いたままニヤニヤと笑いながら言う吉岡に、取り巻きたちが色めき立つ。しかし、そんな外野の様子など気にもかけず、千代はその美しい顔を赤らめる。それはまるで恋する乙女のように。
「まぁ、わたくしの為に早馬を出してくださるのですか? それは誠に嬉しゅうございます。ですが」
「何だ? まだ何かあるのか?」
顔を瞬時に曇らせた千代に、だらしなく頬を緩ませたままの吉岡がその顔を近づける。腰を抱く手には更に力が込められた。
「その泉へは貴方様が行って頂きたいのです」
「この俺が? 北方の山奥へ? 何故だ?」
吉岡の緩んでいた顔が途端に険しくなる。




