格下の姫様(8)
千代の透き通った声が茶屋の中に響き渡る。千代の言葉に、吉岡はまたもニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「ふん。まあ、妾としてやってもいいと思っている。最低限の才覚は持ち合わせているようだしな」
「妾……ですか」
吉岡の言葉を受けて、千代がきょとんと首を傾げた。
「では、吉岡様はわたくしを妻に迎えると?」
「まぁ、そうなるな。格下の家のそれも異人となると正妻というわけにはいかぬが、それでも嬉しかろう」
そう言って下卑た笑いを浮かべる吉岡に千代はニコリと微笑んだ。
「そうですか。わたくしを妻に……。吉岡様の御眼にかなったこと、嬉しく思います」
「そうだろう。では、さっさと支度を……」
千代の答えに気を良くした吉岡が更に言葉を続けようとしたその時。
「でしたら!」
千代の凛とした声が響いた。
「でしたら、わたくし、吉岡様から婚姻の証として頂きたいものがございますの」
「婚姻の証だと?」
「姫様っ! そのようなことっ!」
訝し気な表情でそう問う吉岡と、慌てた様子の太郎に挟まれながらも、千代は顔色一つ変えない。それどころか、とても美しい笑顔を見せる。
「ええ。身分を弁えず、とても図々しい事とは存じております。ですが妾と言うことは、いつ貴方様のお気持ちが離れてしまわれるか……。もし仮に、その様な悲しい事になりましても、貴方様からの贈り物がわたくしの手元にあれば、それを頼りに残りの時を心強く過ごしていける事でございましょう。どうか、このわたくしの願いを聞き届けては頂けないでしょうか?」
優しく儚げに問いかける千代の笑顔に吉岡の顔はだらしなく緩む。そして、思い切りふんぞり返る。
「まあ良いだろう。俺は寛大だからな。お前の願いを聞いてやろう」
そんな吉岡の言葉に千代は小さくお辞儀をした。しばらくの後静かに頭を上げた千代は、ほんの一瞬真顔になった。しかし、ふんぞり返りながら得意満面に取り巻きたちの相手をする放蕩息子は、その些細な変化を見逃した。千代は再び笑顔を張り付けると、今度は媚びるように吉岡に少し体を近づける。
「それでは、わたくし、北方の山中に湧き出ている泉の水と、その泉の底にあるという石を頂きとうございます」
「姫様! 何故その様な……お辞め下さい。まずは井上様にお話しなくては」
一人慌てる太郎の顔も見ず、千代は手で制す。その眼はじっと吉岡を見つめている。そんな千代の視線を受けて、吉岡はニヤリと笑った。
「ほう。泉の水と……石か」




