格下の姫様(6)
少し悩んでから千代は答えた。
「……そう? じゃあ、行きましょうか?」
千代はそう言うと、にこりと微笑んだ。
太郎と千代が連れ立ってやって来た茶屋は、老夫婦が切り盛りをしている小さな茶屋だった。青眼の千代や太郎を赤子の頃から見知っており、他の客と分け隔てなく接してくれる。そんな老夫婦が営む茶屋を二人はとても気に入っていた。
「おばば様、いつものあんみつを二つくださいな」
「はいよ。お千代様はいつもの様にお抹茶も付けるかい?」
「ええ、そうね。お願いするわ」
「はいよ。太郎坊はどうするね?」
「私はあんみつだけでいい」
暫くして二人の前に二つのあんみつと抹茶が運ばれてきた。
「おまちどうさん。ゆっくりしておいき」
そう言って微笑む老夫婦に、二人は礼を言ってから手を合わせて食べ始めた。そんな二人を老夫婦はニコニコと眺めている。小さな茶屋に他に客はなく、なんとものんびりとした空気が流れていた。千代も太郎もそんな雰囲気の中で、黙々とあんみつを口に運ぶ。
「……美味しいわ」
千代は小さく微笑んだ。年頃になったからか、それともまた別の何かがあるのかは分からないが、このところ続けざまに変な輩に付きまとわれ、千代が少し塞ぎ込んでいる様に太郎には見えていた。そんな千代の心が少しでも和らいだ様で、太郎は胸をなで下ろした。心地良い空間の中、二人は束の間の幸せを噛みしめる様にあんみつを頬張る。
「ごちそうさまでした」
そう言って手を合わせる二人に老夫婦が柔和な笑みで返事をしようとしたその時、店先が俄かに騒がしくなった。何事かとその場の全員が顔を見合わせていると、バサリと乱暴に暖簾が捲られる。次の瞬間、太郎の顔に思わず力が入った。
「おい、ばばあ。団子を十本だっ」
先頭に立つ男は下卑た笑いを浮かべながら言うと、取り巻きを数人引き攣れて、ずかずかと店の中へ入ってきた。そして、先客である千代と太郎の姿を見止めると、下品な笑みを浮かべたまま近づいてきた。
「吉岡の……」
太郎は誰にも聞こえないほど小さな声で憎々しげにその男の名前を呟く。そしてスクッと立ち上がると、千代を庇うようにして前に進み出た。そんな太郎の行動を気にも留めず、吉岡家次期当主は二人の正面で立ち止まりニヤリと笑った。
「これはこれは……異国の姫がこんな所で男と逢引きか?」
ニヤニヤと笑う吉岡に、太郎は怒りで体が震える。しかし、ここで事を荒立ててはいけないと思い、何とか堪えた。




