格下の姫様(3)
高山の言うそれとは、太郎の手の中にある三角錐の金属の塊のことであった。それは、正確には金属であるかどうかさえ分からないのだが、太郎にとって材質は問題ではなく、とにかくその金属の塊が、赤子の太郎とともに高山の家へ来た唯一の物だという事だ。太郎は幼い時分から何かあるとそれを握る。
「一体何なんだそれは?」
高山の言葉に、太郎は毎度言い淀む。
太郎は数年前にそれの本来の用途を知った。だが、太郎は今のところそのことを自身の胸にだけ留め、誰にも言っていない。この父なら或いは真実を受け入れてくれるかもしれないとこれまで何度となく思ったが、結局はそれを養い親に話すのが何となく躊躇われ、今日まで言えずにいる。
そして高山もそんな太郎の様子を見て何かを察しているのか、それ以上は何も聞かずにいてくれていた。
「ひ、秘密です」
暫く逡巡したのち、太郎はいつもの様にそう答えた。すると、次の瞬間には高山が豪快な笑い声を上げる。
「何がおかしいのですか? 父上」
「いやぁ、すまんすまん。お前があまりにも真剣な顔で言うもんだからよ。つい笑っちまった」
そう言って笑う養い親を太郎は恨めしそうに見る。しかし、そんな視線など気にも留めず高山は言う。
「ま、何でもいいさ。お前が話したくなった時に話してくれよ」
「……時が来ましたら」
高山はぞんざいに太郎の頭を撫でる。太郎は高山にそんな風に頭を撫でられるのが嫌ではなかった。太郎を褒める時も励ます時も、高山の大きな手が太郎を包んでくれている。それに安堵を覚えるのだ。
しかし、いつかはその手を離れなければならないことを太郎は分かっていた。そして、それがもう間もなくであろうことも。自身がそれを寂しいと思うだろうことも。そんな近い将来のことを思い、太郎は思わず涙ぐみそうになった。
「それで? 今日は何があった?」
元来粗雑な養い親は、太郎の心情など全く構うこともなく、息子の顔を無遠慮に覗き込みながら問う。太郎は慌てて鼻を啜った。それから何でもないと言う様に「ああ」と言うと、ポツリポツリと話し始めた。
「……縁談が来たらしいのです」
「縁談? 誰に? お前にか?」
高山の問いに、太郎は黙って首を振る。そんな太郎の態度に高山はまさかと目を見開いた。
「……俺……に?」
信じられないと言った面持ちで呟く高山に、太郎はまたもや黙って首を横に振った。その答えに高山は一瞬肩を落したが、すぐに気を取り直した様子で口を開く。