高嶺の姫様(14)
「お前は、わたくしのために簪を作りたいと言ったはずです」
千代が冷たく放った言葉で、男の顔色がサッと変わった。千代はそんな男の様子に構わず続ける。
「それなのに、それは何です? それは親方が以前御作りになった簪ではないのですか?」
千代の問いに男の眉がピクリと動いた。
「ち、違う……これは……」
言い訳じみた言葉をぼそぼそと呟く。
「今日は別の簪も持ってきたと言っていましたね? それは、お前の兄弟子が処分しておくようにとお前に命じたものではないのですか?」
「……何故それを」
「簪を作ったことのないお前が、どのようにして簪を作っているのか、少々調べたまでです」
千代は太郎にチラリと視線を向ける。太郎は男の所業をすべて知っているようで、千代が話している最中も顔色一つ変えず、男の背後から厳しい目を光らせている。
男の顔から恍惚の色は一切消え失せ、今は真っ青な顔で千代のことを見ていた。騒ぎ立てるどころか、口を開くことさえできないようだ。
そんな男に親方がピシャリと言った。
「木の簪も作ったことのねぇお前にビードロの簪なんざ作れるわけがねぇ。呉服屋でお前が簪を作ると言ったとき、おかしいと思ったんだ」
親方はため息交じりに言う。
「今持っているのは、俺が昔に作ったやつだな。失敗作だから処分するように言いつけてあったやつ。そうだろう? 勉強のためにお前が持っている分には、俺は何も言わねぇ。だがな、人の作品を……それも失敗作を、自分が作ったと偽って人様に譲ろうとはどういう了見だ? ええ?」
親方の言葉に男はただ項垂れる。
「職人は皆、自分の腕に誇りを持って仕事をしているんだ! お前がやったことは、簪を使う客を欺くどころか、俺たち職人をも侮辱する行為だ。情けねぇ」
親方の叱責に男は何も言い返さない。代わりに男の口からは嗚咽が漏れた。
「もういいだろう。お嬢さんに謝るんだ」
親方はそう言うと千代の方に向き直り、男に頭を下げさせるとともに、自身の頭も下げる。
「お嬢さん、今回のことは俺の管理不行届だ。金輪際こいつはお嬢さんに近づけさせねぇ。約束する。お咎めは俺もこいつと一緒に受ける。どんなことでも言ってくれ」
千代は親方をじっと見ていたがやがて小さく頷くと言った。
「親方。わたくしはその御約束だけで十分です。ですが、その御約束だけは必ず守って下さい」
親方は再度深く頭を下げた。その後、男を小突いて立たせると、二人は逃げるように帰っていった。




