高嶺の姫様(13)
「姫様、あの男は危険です。あの様子では、またいつ現れるか分かりませんよ?」
「ええ、そうね。きっと来るでしょう。ですが、それも次で最後にさせます。太郎、簪職人に今日の出来事を伝えて頂戴。それから急ぎ調べて欲しいことがあるの」
太郎は当然のように千代の頼みを了承した。
それから数日後の夕刻前。
「おそらく、間もなくかと」
太郎の報告を受けた千代は縁側でお茶を呑みつつ、招かれざる客の訪れを待っていた。千代の養母である志乃も室内から客人とともにことの成り行きを見守っている。
暫くすると、太郎の予想通り門前から男の声がした。
「お千代さん。顔を見せておくれ。今日こそ、あんたにこの簪を受け取って貰いたい。あの簪が気に入らないと言うなら、別の物も持ってきたんだ。だから開けておくれよ」
太郎に目配せし、千代は腰を上げる。太郎は頷くと、速やかに屋敷の門を開けるべく、門前へ向かった。
いつもは固く閉ざされていた門が開いた途端、男は無遠慮にも屋敷内へずかずかと踏み込んで来た。
「止まりなさい」
千代は自ら男の前に姿を見せると、強い口調でそう言う。
男は千代を目にとめた途端、嬉しそうに顔を綻ばせた。だが次の瞬間、男の目は見開かれた。
「おやっさん……どうしてここに? 今日は用事があるって出掛けたはずじゃ……」
「お前がこちらのお嬢さんに迷惑をかけてるってんで、お詫びに来たんだろうが! おまえは一体何をしとるんだっ!!」
男は、突然現れた見知った顔に驚きを隠せない。それでも千代のことが気になるのか、親方と千代の顔を交互に見つめる。
親方はそんな男の様子に呆れつつも、険しい顔を崩さない。千代の顔にも表情は一切なくまるで能面のようだった。その様子には相手を威圧するような凄みがあった。千代は嫌悪を隠そうともせず口を開く。その声音は低く冷たい。
「頼んでもいない簪をお前が毎度毎度騒がしく持ってくるのは、何故です?」
「おいら、お千代さんに喜んでほしくて」
さすがの男も千代の様子が変わったのに困惑の表情を見せつつ、何とか言葉を絞り出す。
だが千代は男の言葉を遮る様に言う。その目は怒りを宿し、冷たい光を放っていた。
「まだ簪を作ることを許されてもいない見習いのお前が作ったもので喜ぶとでも?」
男の肩がビクリと揺れる。
「だが、おいらあんたに似合うものを付けてほしくて……」
なんとかその場を取り繕う様に男は口を開いたが、その言葉は途中で途切れてしまった。




