高嶺の姫様(12)
さらに数日たったある日のこと。
千代の元に再び見習い男が現れた。外出先から帰ってきた千代を見るや、井上家の門前で待ち構えていた男が嬉しそうに駆け寄って来た。
付き従っていた太郎がサッと千代を庇うように男の前に立ちはだかる。男は一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐに気を取り直したのか、太郎を押しのける勢いで千代に近づいてきた。その目は相変わらず熱っぽく千代を捉えて離さない。千代と太郎は男の圧に気圧され、ズリズリと後退する。
だがそんな千代の様子など構うことなく男はニコニコと笑いながら、何やら包みを取り出して見せた。
「ああ、お千代さん。会えて良かった。先日、そちらの御兄弟の方にこちらの包みを渡してもらうよう頼んだのだが、どう言う訳か、おいらの所に戻ってきてしまってね。やっぱり自分で渡さなければと思い持ってきたんだ」
男は包みを千代に差し出した。男の行動に困惑しつつも、千代は怖々尋ねる。
「何故わたくしに? 貴方には簪を作る依頼はしておりませんが」
しかし、男はニコニコと笑うばかり。
「何を言うんだい、お千代さん。あんたに似合う簪を作れるなら良いと言ってくれたじゃないか」
確かにそう言った記憶はあるが、その件については口約束どころか、依頼自体が成立しなかったので無効のはずだ。
「あのお話は無かったことに……親方さんにもお願いしておりませんから」
千代は男から距離を取ろうと一歩後ろに下がるが、男はその分踏み込んでくる。更には千代を守る様にして立つ太郎のことを手で押しのけようとする始末だ。
そんな男に苛ついたのか太郎は「いい加減にしろ」と一喝して、男を千代から引き剥がした。その途端、男の目つきが鋭くなる。不満げな表情で太郎のことを見た。
「邪魔しないでくれ! おいらは今、お千代さんと話をしているんだ!」
男はそう言うと、再び千代を熱っぽく見る。
男の危うさを感じた太郎は、なりふり構わず男に体当たりをかました。男は踏ん張りきれず後ろに倒れる。その隙に太郎は千代の手を取り、屋敷の中へ駆け込んだ。
「お千代さん。おいらはあんたの為にこれを作ったんだ。受け取っておくれよ」
男は門前で叫ぶ。
「うるさい! 黙れ!」
再び屋敷の門から顔を出した太郎はそう叫ぶと男に向かってサッと水を撒き、それ以上追って来られないように男の鼻先で門をピシャリと閉じた。
男は暫くの間、門前で何やら叫んでいたが、やがて諦めたのかその声は屋敷から遠のいていった。