高嶺の姫様(11)
それから数日後の夕刻近く、太郎が千代の元へやってきた。その手には小さな包みが握られている。
「門前で姫様の知り合いだと言う者から預かりました」
太郎はそう言うと包みを千代に手渡した。千代は首を傾げる。
「一体誰から?」
「さぁ。渡せば分かるとのことでしたので。お知り合いではないのですか?」
千代は再度首を捻る。その様子からは全く心当たりが無さそうだった。
「お母様に宛てた包みではなくて?」
「いえ、姫様にと言っておりましたが」
(一体どなたからかしら?)
いくら考えても心当たりはない。
千代は仕方なく包みを開いてみた。中には簪が入っていた。千代は思わず目を見開く。それは青と紫のビードロ細工の簪だった。
「これは……!」
千代が声を上げたことで、志乃が慌ててやってきた。彼女もまた千代の手の中にある簪を見て驚きの声を上げる。
「まぁ」
「太郎! これを持って来たのは、まさか簪職人の見習い?」
千代の問いに太郎は首を傾げる。
「分かりません。名乗りませんでしたから。ですが、私のことを姫様の兄弟と思ったのか、妙に馴々しい男でした」
いつもは感情を滅多に表に出さない太郎が、珍しく嫌そうな表情を浮かべた。
千代はため息をつきながら、改めて手の中にある簪を見た。不覚にも美しいと思った。今まで簪を作ったことがないなどとは思えない出来である。
千代が簪に目を奪われていると、太郎が包みの中に文が添えられてあるのを見つけた。
「姫様、文が一緒に入っています」
千代はその文を手に取る。そこには蚯蚓の這ったような下手な字でこう書かれていた。
『お千代さんへ贈ります』
文を見た千代の脳裏には、あの熱っぽい目で千代を見る見習い男の姿が思い出された。千代は思わず身震いする。
千代の様子を見た志乃は、文と簪を千代の手から取り上げると、雑に包みに戻した。
「太郎、明日これを返して来なさい。男の場所は呉服屋のお初さんに尋ねれば分かるはずです」
志乃は有無を言わさぬ様子でそう言った。太郎も素直に頷く。
「かしこまりました、奥方様」
翌日、太郎は志乃の言い付け通り呉服屋の初を訪ねた。ことの次第を聞かされた初は驚きと呆れ顔を見せる。
「注文もしていないのに何故……」
「それが姫様にも奥方様にも分からないそうで」
太郎も困惑した様子で応える。初は、暫し考えるそぶりを見せると口を開いた。
「それはわたくしがお預かりして返しておきましょう」
しかし、事はそれだけでは終わらなかった。




