高嶺の姫様(10)
「なんてことしやがるんだ、お前は。お嬢さん、大丈夫ですかい? お怪我は?」
「ええ、大丈夫です」
職人が心配そうに千代の顔を覗き込む。千代はそれに笑顔で答えた。だがその笑顔もどこかぎこちないものだった。
見習い男が申し訳なさそうに言う。
「すまねぇ……おいら、つい……」
なぜこの様なことになったのか。
千代が手を摩りながら見習い男から距離を取る様に一歩下がると、男は慌てた様子で千代に謝罪する。男は今にも泣きそうだった。だがよく見れば、その目だけは相変わらず千代を熱っぽく見つめている。
「ああ、お千代さん。本当に本当にすまねぇ。おいら、あんたを怖がらせるつもりなんざ、これっぽっちもねぇんだ。ただ、おいらはあんたに……」
男が必死で千代に縋ろうと謝罪の言葉を並べていると、それより先を言うことは許さないとばかりに、再び職人の男が見習い男の頭を小突いた。今度は先ほどより少し強く。男が痛そうに頭を押さえるのを余所に、職人は千代に向き直ると頭を下げた。
「お嬢さん。ほんっとすんません。こいつには良く言って聞かせますんで。今日のところは、これでお暇させていただきやす」
職人は見習い男を引きずりながらそそくさと帰って行った。見習い男は去り際まで名残惜しそうに千代に熱っぽい視線を送っていた。
男たちが居なくなると、初が申し訳なさそうに頭を下げる。
「大変申し訳ありません。お嬢様。あの親方の腕は信用出来るのですが、今回は別の者にご依頼された方が良さそうですね」
「……ええ、そうします」
千代も初に同意した。あの見習いの男はどこか怖いものを感じる。関わるのは止した方が良さそうだった。
「井上様。大切なお嬢様に怖い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
初は志乃にも深々と頭を下げる。そんな初を宥めるように志乃は首を横に振った。
「気にしないでくださいな。お初さんは何も。幸い大したことはなさそうですので」
志乃は千代の手を摩り様子を見る。傷などは付けられていない。
「本当に大丈夫ですよ。ですが、本日はわたくし達もこれでお暇しようと思います。仕立ての件は、後日屋敷へ来ていただけますか?」
「ええ、ええ。それはもちろん」
志乃はそう言うと、千代の手を取る。千代の手は小さく震えていた。
見習いの男の熱っぽい視線を思い出すとゾクリとする。あれはまるで蛇が獲物を狙うかの様なねっとりとした視線だった。その視線を思い出し、千代は思わず身震いした。




