高嶺の姫様(9)
「……お嬢さん。こいつはまだ簪なんざ作れませんよ。ましてや、お嬢さんのお気に召すような物は……」
職人は戸惑いを隠せない。だが、見習いの男は千代の返事に、がばりと身を起こすと「本当かい!?」と嬉しそうな声を上げた。その嬉々とした様子に職人は困惑顔だ。
「おい……」
職人が何か言おうとするのを尻目に男は千代に語りかける。
「お嬢さん! あんた名前は?」
「え……えっと、わたくしは千代と申しますが」
男の勢いに戸惑う千代は反射的にそう答えた。すると男は嬉しそうに笑う。
「そうかい。お千代さんか。良い名だ」
それからも、見習い男は自身が考える簪についてあれやこれやと語る。まだ簪など作ったことがないと言うのに、まるでもう何本も作ってきたかのように語る。千代は男に圧倒されてただ聞くばかりだった。
「お前なぁ」
職人が呆れたように言う。だが、見習い男は意に介した様子もなく喋り続ける。
「おいらはきっとお千代さんに似合う簪を作ってみせるよ。お千代さんの瞳の色に似た青と紫の花なんてどうだろうか?」
男はグイグイと千代に迫り、遂には千代の手をその両手でがっしりと掴む。キラキラと目を輝かせる男の様子は、まるで恋い焦がれ、夢見心地の様だ。その勢いに千代は思わず身を引いた。
だが男は逃がさないとばかりに、がしりと千代の手を捉えて放さない。
「あ、あの……お手を」
千代が控えめに訴えるが、男には千代の声が聞こえていないのか、その手を一層強く握る。
「お千代さんは、ビードロって知っているかい? お千代さんの瞳はまるでビードロみたいに透き通っていて美しいから、ビードロの簪なんかもいいかもしれないね」
「……え、ええ」
初や志乃はそんな男の様子を呆然として見ている。職人の男も半ば呆れ顔だったが、次第に見習いの様子のおかしさに気が付き始めた。その顔には戸惑いが浮かぶ。
「おい、お前。いい加減お嬢さんの手を放せ。お前なんかが気安く触っていいお人じゃねぇんだぞ」
職人の男がそう言って見習い男の腕を掴む。だが男はそれを振りほどくと、尚も千代の手を握る。男の手には力が入り、今にも千代の手を握りしめ潰さんばかりだ。千代は堪らず声を上げた。
「い、痛い! 放して!」
千代の悲鳴にも似た声で男はやっと気づいたのか、慌ててその手を離した。
「す、すまねぇ。お千代さん。おいら、つい……」
強く握られた手はジンジンと痛みを訴えていた。職人の男が見習いの頭をパシリと叩いた。




