高嶺の姫様(8)
「お、お嬢さん。あんたの簪、おいらに作らせてくれ」
千代は思わず見習いの顔をまじまじと見る。その顔はどこか恍惚としていた。熱っぽい目で千代を見つめ、ズリズリと近くへにじり寄ってくると、見習いの男は千代の前で膝をついた。
「お、おいら、お嬢さんに似合う簪を必ず作るよ」
見習いの言葉に千代が戸惑っていると、職人の男がそれを嗜める。
「こら! お前、まだ見習いだろうが! 簪を作るなんてまだまだ先だ」
「で、でもよ……おやっさん」
職人は見習いの頭を小突くと、千代に向き直る。
「お嬢さん。重ね重ねすまねぇ。いつもはこんなこと言う奴じゃないんだが」
職人はそう言いながら、見習いの不躾な行動に首を傾げた。初や志乃もあまりの勢いに苦笑いを見せる。だがそんな周囲の様子を無視して、見習いはなおも食い下がる。
「おいら、あんたのために簪を作りたいんだ。頼むよ、お嬢さん」
千代は戸惑うばかりだった。どう返事して良いのかと困っている千代を余所に、見習いはズイズイと距離を詰めてくる。思い詰めた表情。その瞳には一切の冗談や揶揄いの色は見えず、ただ純粋な思いだけが宿っているということは分かる。
しかしだ。その熱意が千代は正直怖かった。職人が言った様に彼はまだ簪作りの勉強をしていないのだろう。であれば、それを理由に断ればよい。そう思うのだが、あまりにも真っ直ぐに向けられる熱意に、千代は怯む。
千代は志乃の方を見た。だが彼女もまた困惑している様で、どう対処して良いのか分からないようだった。助けを求める様に職人と初を見れば、二人は小さくため息をつき、困った顔を見合わせていた。どうやら二人ともお手上げらしい。
「えっと……あの……」
しどろもどろになる千代を余所に見習いはさらに詰め寄ってくる。
「おい! いい加減にしろ!」
職人が気づき慌てて引き離そうとしてくれているのだが、男は必死だ。とうとう千代の眼前に迫ったかと思うと、その場に平伏した。
「お嬢さん、どうか頼んます!」
その姿はまさに懇願する姿そのもので、千代はどこか哀れにも感じられた。自分が男の希望を叶えさえすればこの思い詰めた様子も少しは晴れるのだろうか。
千代は少し思案した末に答えた。
「もし、本当にわたくしに似合う簪を作れると言うのなら……」
千代がそう答えると、職人も志乃も初でさえも驚きの声を上げた。それはそうだろう。見習いとはいえ、男はまだ簪作りを許されるような立場ではないのだから。