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青眼の姫様(3)

 このお江戸と言う町には、治安維持を務める町奉行という役職がある。千代の父、正確には養父である井上正道は町奉行で与力職に就いていた。


 御家人の父を持つ千代のことを、本来ならばただの町人の子供である彼らが囃し立て揶揄って良いはずがない。だがしかし、一目で自分たちとは違う異分子だと分かってしまう千代の見た目が、彼らを調子づかせてしまう。


 千代はそんな彼らに対して、毅然とした態度を取るのだが、決して身分差を笠に着たりはしない。ただ真正面から相手と向き合う。千代のそんな態度が、彼らをさらに増長させてしまっていることは分かっていても。


「千代姫様、お怪我は?」


 太郎に声をかけられた千代は、はっと我に返る。


「え? ああ。大丈夫、大丈夫。いつものことよ。手を挙げられたりはしていないわ」

「そうですか。では、お屋敷へ戻りましょう」


 太郎はそう言うと千代の前を歩き出す。


「あ! ちょっと」


 千代は、慌てて太郎の後を追う。太郎は後ろを振り返ることなく、真っ直ぐ前を向いたまま歩く。そんな太郎の背中に向かって、千代が声を掛けた。


「ねえ、今日のこと、お父様とお母様には言わないでね」

「分かっていますよ」


 振り返った太郎は静かに微笑む。太郎の返答を聞いて安堵したのか、千代はほっと息をついた。


 太郎と千代は同じ青の瞳を持つが、二人は家族ではない。しかし、幼少の頃から一緒に育ってきた。太郎に母はなく、赤子の頃は千代の養母が二人の世話をしていた。いわゆる乳兄弟というやつである。


 太郎にとって千代は目の離せない妹のような存在であり、千代にとっても太郎は唯一信頼を寄せられる兄のような存在だった。


 それは今も昔も変わらないのだが、以前の太郎は千代に対して、今よりも少しだけ距離が近かったように思う。千代のことを「千代姫様」とは呼んでいなかった。


 だが、いつの頃からか二人の間に距離が生まれ始めた。その距離の正体が何なのか、今の千代には分からない。


「ねえ……」


 前を歩く太郎に向かって、千代は声をかける。太郎は歩みを止めることなく口を開いた。


「何ですか?」

「昔みたいに『千代』って呼んでもいいんだよ」

「……いいえ。姫様は姫様なので」


 いつの頃からかお決まりになった太郎の返答。その頑なな態度を打ち崩す術を今の千代は持ち合わせていなかった。俯く千代に、太郎は振り向くことなく言う。


「姫様。あの場所へ寄って行かれますか?」

「……そうね。少し寄って行こうかしら」

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