高嶺の姫様(6)
千代の着物はこれまで志乃が用意していた。千代は母が選んだ物の中から、気に入った物を選んで着ていた。
だが今は違う。選べと言われても困ってしまう。どれも素敵で甲乙付け難い。それでいて、実はどれも千代の心に響いていないような気がする。自分の好みを知る。それが母の言う「自分を知る」ということなのだろうか。
千代はいくつもの反物を手に取っては戻しを繰り返す。どのくらいの時間が経ったのだろうか。やがて、一つの反物を手に取るとそれをそっと抱きかかえた。
その反物は薄い萌黄色に桜の刺繍が施されたものだった。華やかな色使いではないのに、どこか目を引くその反物に千代の眼は惹きつけられた。
「それが良いのですか?」
志乃がそう聞くと、千代は小さく頷く。
「では、これも頂きましょう。まずはこちらから仕立ててもらえるかしら?」
志乃のその言葉に初が頷くのを千代の小さな声が遮った。
「あの……でも……」
「どうしました?」
「……この反物は……その……わたくしには合わない様な気がして……」
そう言って俯く千代の手から、そっと反物を優しく取り上げたのは初だった。千代の手を引き大きな姿見の前へ連れて行く。
「さあ、お嬢様」
初は千代に反物を当てると、鏡を見るように促した。
鏡に写る姿はいつもの見慣れた自分の姿だ。どこか鬱々とした雰囲気を纏うその姿に千代は困惑して俯いた。せっかく気になる反物を選んだというのに、あまりにも似合わない。千代はそんな自分を恥じて顔を上げられなくなってしまった。
そんな千代の様子を見た初が優しく言う。
「お嬢様、顔をお上げください」
「でも……わたくし、やはりこちらは……」
顔を上げられない千代に、初はそっと近寄り耳元で囁く。
「お嬢様。お着物は、着る方に合わせて仕立てるものですのよ。似合わないなんてことは決してございませんの」
そう言って、にっこりと微笑む初に千代は戸惑いの眼差しを向ける。
「……でも……でも……わたくしの青眼にこちらは合わないでしょ?」
いつもならば気にすることもない。自身の特異点。だが、自身で選んだものだからこそ、そこが気になった。
だがそんな千代の心配を吹き飛ばすように、初は優しく微笑む。その顔には自信と慈愛が満ち溢れていた。
「そんなことは決してございませんよ。こちらの反物は、春を思わせるお色味を使っておりますけれど、春には澄んだ青がとても似合います。そう、お嬢様の瞳の色に良く似たお色ですよ」




