高嶺の姫様(4)
志乃はそう言って店先に立つと、番頭に声を掛け、案内されるがまま店の奥へと入って行く。千代は慌てて母の後を追った。
通されたのは店の奥の小部屋であった。その部屋には一人の女性が座っていて、千代達の姿を認めると静かに立ち上がった。
「まぁまぁ井上様。お呼びいただきましたらこちらから参りましたものを」
志乃に軽く頭を下げる女性の年の頃は五十路前後だろうか。白髪混じりの髪を丁寧に結い上げ、落ち着いた雰囲気を漂わせるこの女性は、おそらくこの店の女主人なのだろうと千代は思った。
「突然ごめんなさいね」
志乃は女主人に向かってにっこりと微笑むと、後ろに控えていた千代の方を手で示しながら言った。
「今日はこの子の着物を仕立ててもらおうと思って来たのだけれど……構わないかしら?」
「まあ! お嬢様ですね! はい、それはもう。喜んで承りますよ」
「千代と申します。宜しくお願いいたします」
千代は一歩前へ出ると女主人に頭を下げた。その姿を見た女主人は一瞬驚いた様な顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべると嬉しそうに言った。
「まあ、まあまあ……。これはご丁寧にありがとうございます。わたくしはこの店の主人で初と申します。こちらこそどうぞよしなに」
初は品のある所作で千代に挨拶をした。凛とした佇まいは、まさに老舗の主人に相応しいものだった。
千代はそんな初の様子に内心驚いていた。今まで千代が接してきた者達とその振舞い方が余りにも違っていたからだ。
(わたくしのこの青眼を見ても、少しも顔色を変えたり動揺したりなさらないなんて……)
千代の青眼は「南蛮人」として多くの者に忌避されてきた。今まで接してきた者は、皆この眼を見ると奇妙な物を見る様な目で自身を見てきたのだ。
だが初はその様には見えない。ごく普通に千代を受け入れてくれている様に見えた。
千代は初めて目の当たりにする大人の対応に思わず感心してしまう。店の人間である以前に大人の女性として振る舞えるその姿に素直に尊敬すると同時に、少しばかりの憧れも感じたのだった。
「それではお嬢様、こちらへどうぞ」
そう促す初に千代は小さく「はい」と答えて言われるがままその後に続く。志乃もそれに続いた。
隣室には番頭が用意したのか、様々な色の反物が所狭しと並べられていた。千代はこれまでこれほど多くの反物を目にしたことがなかった。色とりどりの反物の山に、思わず千代は立ち尽くす。
「さあ、どうぞご覧ください」