高嶺の姫様(3)
母の言葉に千代は落胆した様に肩を落とす。そんな娘の様子に志乃は優しく微笑むと、再び娘の頭を撫でながら言った。
「でもね、千代。太郎は、わたくしや旦那様と同じくらい貴女のことをとても大切に想っているわ。それは信じてあげなさい」
「……はい」
頷く千代に志乃は微笑んだが、ふと何かを思いついたように悪戯っぽい表情を浮かべると言った。
「太郎の話は時が来るのを待つとして……。貴女自身が何者なのか、それを知りたいと考えることは、とても良いことだとわたくしは思うのですよ」
「でもわたくし、何をどうすれば求める答えにたどり着けるのか分からなくて……」
そう言って俯く娘に、志乃は優しく言う。
「わたくしもその答えを持ち合わせてはいません。ですが、貴女も今すぐに答えを出そうとする必要はないのですよ。でも、そうね……強いて言えば……」
母の言葉の続きが気になった千代は俯いていた顔を上げ、母の方を見る。志乃は何かを思いついたように悪戯っぽい表情を浮かべていた。
「今の貴女自身を知ることも、貴女が何者かを知る上で大切なことだと思いませんか? 一つのことに囚われ過ぎずにいろいろなことに目を向けなさい。そうすることで、今まで見えなかったものが見える様になるかもしれません」
そう言う志乃の表情はまるで悪戯っ子のそれだった。千代はそんな母の様子に怪訝そうな顔をする。
「それはどういう……」
千代がそう聞き返そうとすると、志乃は両手を軽く叩いて娘の言葉を遮り言った。
「さあ! では、出かけると致しましょう」
いそいそと立ち上がる母を千代は不思議そうに見る。志乃はそんな娘の様子を見て、にっこりと微笑んだ。そして千代の手を取って立ち上がらせると、そのまま娘を引き連れるようにして屋敷を出たのだった。
千代と志乃は、お江戸の町を並んで歩く。そんな母娘の様子を道行く人々がチラチラと見ていた。それはそうだろう。千代のことを大っぴらに揶揄う者がいなくなったとはいえ、千代の見目麗しい容姿は相変わらず。そのため、多くの者が千代の美しさにその視線を奪われるのは致し方のないことだった。
母はそんな周囲の様子に構うことなく千代の手を引き歩き続ける。
(お母様は一体何処へ行こうというのかしら?)
手を引かれるままに歩いていた千代が、そんな疑問を抱き始めた頃、ようやく志乃は足を止めた。そこは多くの反物や着物が並べられた、町一番の老舗呉服問屋だった。
「まずは、ここね」