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高嶺の姫様(1)

 その後、千代がお江戸の町を歩いても「南蛮人」と言って絡んでくる者はおろか、陰口をたたく者すらいなくなった。


 それも当然のことだろう。井上家の門前での騒動の顛末は、瞬く間に町中に広まっていた。千代は身の程知らずの無礼者を撃退したに過ぎないが、男の方は格上の姫にちょっかいを出して返り討ちにあったと町中で噂されている。それでお江戸の町に居づらくなったのか、程なくして男の家は町から姿を消し、男の噂もいつの間にか耳に入ることはなくなった。


 それから幾月か平穏な日々を千代は送っていた。


 太郎は相変わらず剣術と勉強に励んでいたし、千代も母の志乃が厳しく目を光らせていたので、稽古事や行儀見習いに精を出し、品行方正に過ごしていた。


「ねえ、千代」


 ある日、縁側でお茶を飲みながらぼんやりと空を眺める千代に志乃が声を掛けた。


「何でしょう? お母様」

「いえね。貴女、近頃何か考え事をしていることが増えた様に思うのだけれど」


 流石に母親と言うべきか、娘の機微には聡いらしい。


「……ええ、確かにそうですね」


 千代はそう返事をしてから少し躊躇ったが、志乃の真剣な眼差しを見て意を決すると、志乃に自身の胸の内を明かした。


「あの、お母様……。わたくしは一体何者なのでしょうか? あの者が居なくなって、わたくしのことを大っぴらに(そし)る者はいなくなりましたけど、だからと言ってわたくしが拾われ子である事実は変わりませんし、この青眼(あおめ)だって……」


 そう言って俯いてしまった娘に、志乃は何を今更と言った様子で溜息をつくと告げた。


「千代……貴女はわたくしの娘ですよ。例え目の色が違おうとも、貴女はわたくしと旦那様の娘です」


 千代は志乃の顔をまじまじと見つめた。母がそう答えることは初めから分かっていた。それだけの愛情を注がれていることも千代は知っている。


 しかし、千代が求めている答えはそう言う事ではなかった。千代は切羽詰まった顔をして訴えるように言った。


「いいえ! そう言うことではなくて、もっと根源的な……わたくしは何処から来たのか……そう言う事をわたくしは知りたいのです」

「千代……?」


 千代の様子に志乃はふうとため息を一つ吐くと静かな声で言った。


「貴女は何故そんな事が知りたいのです?」


 千代は視線を彷徨わせる。


 それは、千代が物心ついた時からずっと感じていた違和感だった。


 自分は一体誰なのだろう?


 何故ここに居るのだろう?


 そんな疑問がいつも頭の片隅にあったのだ。

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