魅惑の姫様(10)
「ですが、少々不可思議なことがございます」
男はゴクリと唾を飲み込むと、恐る恐るといった様子で口を開く。
「な、なんだ?」
すると、千代はニッコリと微笑んだ。その微笑みがあまりに美しく整っていたため、男は思わず見とれてしまう。そんな男に千代は冷めた視線を向けた。
「割れてしまった杯と同じ物を探すために、わたくし渡来品を扱っている商人をいくつか当たってみたのですけれど、どなたも貴方を御存じないのです。最近取引があったのですから覚えていそうなものですけれど、おかしいと思いませんこと?」
千代の言葉に男はハッと我に返り、慌てて反論する。
「お、俺のような商人は無数にいるのだ! 全ての取引を覚えてはいないだろう!」
しかしそんな男の抵抗を嘲笑うかの様に、千代は綺麗に微笑むと言った。
「確かに、それはそうかも知れませんね。けれど、此度は二つとない品を依頼されたのでしょう? その様な特別な御方を忘れることなどあるのでしょうか?」
「そ、それは……」
男は二の句が継げずに口籠る。そんな男に千代はさらに追い打ちをかけるように続けた。
「それに、わたくしあの時からずっと気にかかっていることがあるのですけれど」
「き、気にかかっていることだと?」
男は千代の言葉に眉を顰める。そんな男に構わずに千代は続けた。
「ええ。此度の件、貴方はわたくしとぶつかったので陶器の杯が割れたのだと主張されておりますけれど、わたくしの記憶が正しければ、貴方がわたくしに責任を取れと騒ぎ出したのは、貴方の落とした荷に太郎が触れた後からだったはず。大切な荷であれば、ぶつかった時に直ちにその無事を確認するのが筋なのではなくて?」
千代はどうしても分からないのだと言いたげに、コテリと小首を傾げて見せる。
「そ、それは……」
返答に窮したのか、男の目が泳いだ。その様子をじっくりと観察してから千代は、さらに追撃した。
「加えて申しますと、ぶつかった衝撃で荷を落として杯が割れてしまったのであれば、その際、何かしら割れる音がしたはずです。ですが、荷の持ち主であるはずの貴方ですら、最初は『南蛮人、南蛮人』と騒ぐばかりで、荷が道端に落ちていることにしばらくの間気がつかなかったのは何故でしょうか?」
男の顔が徐々に青ざめる。今度こそ完全に動揺した様だった。
「……そ、それは、お前の勘違いだ! お、俺は、いの一番に荷を確認した!」
男の見苦しい言い訳に、千代は深いため息をついた。




