魅惑の姫様(8)
「その渡来品を扱う商人が見つかったとしてどうする? 姫様は何を買えば良いか分からないのだろう?」
太郎に投げかけた高山の疑問は、千代によってすぐに解消された。
「わたくしは、どんな物をあの男が購入したかを知りませんが、もしもあの男と取引をした商人が居たのならば、その商人に同じ物を取り寄せてもらうのです。まあ、そんな事実はないと思いますが、万一の為です。お父様からの返事を待ってから動いたのでは、間に合わぬかもしれませんので」
「ああ! なるほど。それは確かに一理ありますな。合点がいきました!」
高山は大袈裟に頷いて見せると、太郎に向かって言った。
「お前はどうする? 俺と動くか?」
太郎は首を横に振った。
「私にはまた別のお役目があるかと」
太郎の答えに高山は首を傾げる。太郎が担う役目は、ここ数日の男の動向を調べることだ。
「太郎、貴方が一番大変な役回りになってしまうけれど大丈夫かしら?」
千代が心配そうに尋ねると、太郎は事もなげに頷いた。
「問題ありません。姫様はご心配なさらないでください」
千代はホッと安堵の息を吐くと、次いで志乃に顔を向けた。千代は姿勢を正すと、少し緊張した様子で切り出した。
「実は、お母様にもお願いしたきことが」
志乃は、千代の言わんとすることを察したようで、呆れ顔を見せる。
「貴女のお支度をするのね……相手を欺くために」
千代は緊張が解けたのか、嬉しそうに微笑むと言葉を続けた。
「よろしくお願い致します」
翌日の夕餉時、千代は早速、男達に本日の成果を尋ねた。
正道からお奉行様に確認をしてもらったところ、最近は渡来品を買うどころか、商人にすら会っていないとの返答があったとのことだった。
「やはりそうでしたか。そもそもおかしいと思ったのです。お奉行様ともあろうお方が、あの様な経験の浅そうな者を重用するはずがありませんから」
千代は納得して頷いた。
「これで、あの男の言うことを聞く必要はなくなったのですけれど、高山のおじ様の方は如何でしたか?」
千代が問いかけると、高山が溜息混じりに首を振る。
「渡来品を扱っていそうな商家に片っ端から声をかけましたが、全くそのような者は知らぬとのことでしたな。そもそも男は、渡来品の杯など買っていないのでしょう」
男親たちが得た情報からして千代の見立ては正しかったようだ。
「お父様、高山のおじ様、ご尽力頂きましてありがとうございました。やはりあの者は嘘を吐いておりましたね」