縁結の姫様(1)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
正道は縁側に座って空を見上げる。一際大きな月がお江戸の町を明るく照らしている。
(いつぞやの晩のように大きな月だ)
正道の口元が微かに緩む。遠い昔に思いを馳せる正道の隣に、そっと基子が腰を下ろした。
「今日は一段と月が明るいな」
「ええ。そうですな。千代と太郎がやって来たのも、こんな月夜の晩でした」
基子の言葉に、正道はそっと頷く。そして、静かに語り始めた。太々しいほどにぐっすりと眠る赤子と、火が付いたように泣きじゃくる赤子がやって来た晩の話を。基子は正道の隣で静かに昔語りに耳を傾けた。
千代と太郎が星へ帰ってから、三年の月日が流れていた。
千代が去ったのち、基子と春陽は約束通り正道たちの元に身を寄せた。千代が言っていた通り、次代の将軍候補である基家の失踪という話題はいつまで経っても街中に聞こえてこず、それどころか、内々に基子を探す気配すらなかった。お陰で、基子は将軍のお膝元であるこのお江戸で、何不自由なく暮らすことができている。
最近お江戸の街では、次代の世継ぎ候補について様々な噂が飛び交うようになっていた。御三家の誰それは、あまり賢くないが後ろ盾が強いだとか、御三卿の誰それは、血気盛んで改革派だとか。皆、会ったことも見たこともない次代の将軍候補たちについて、あれやこれやと好き放題に噂している。
「いよいよ跡目争いが激しくなりそうだと、お奉行様も頭を抱えておられた」
「さぁてな。私には関わりないことだ」
基子が憮然とした様子で答える。正道は「それもそうですな」と、小さく笑った。
柔らかな夜風が二人を撫でていく。その風が連れてきたふわりと漂う匂いに、基子はその主を探して振り返る。そこには赤子を抱いた志乃と羽織を手にした春陽の姿があった。
「基子様。そのように薄着ではお体に障ります」
春陽はそう言って基子に羽織をかける。基子は煩そうに眉根を寄せて春陽を見やった。千代が去ってからというもの、春陽は以前にも増して口喧しくなった。基子はいつもそれを聞き流しているが、本心では決して煩わしいとは思っていなかった。
志乃は正道と基子の間に腰を下ろすと、抱いていた赤子を基子の腕に抱かせる。赤子は基子の顔を見ながら、満面の笑みを浮かべた。基子もつられて微笑む。そして、そっとその頬をつついた。ふっくらとした頬が心地よい。
「春陽殿の言う通りですよ。お腹の子に障ります。お月見も良いですが、温かくするのですよ」