惜別の姫様(14)
小さな赤子の時の二人を運んできたカプセルは、不思議なことに成長した二人でも十分に乗り込むことができるようだった。どのような構造なのかは、正道たちには解りようもなかった。二人に関しては、もう何が起きようとも、そういうものなのだと誰もが否応なく受け入れている。
それぞれがカプセルに乗り込むと、それは音もなく浮かび上がった。出発の準備が済むと、千代に代わり太郎が正道たちに別れを告げる。
「それでは皆様。これにて失礼いたします」
志乃がたまらず駆け出し、千代のカプセルへと取り憑いた。
「千代。これを」
志乃は自身の髪から簪を抜き取ると、それをカプセルの中の千代に握らせた。千代は手の中の簪を不思議そうに見る。そんな千代に志乃は、にこりと微笑みかけた。
「まったく。このように突然に別れを言い出すものではありませんよ。貴女に渡してやれる物が、手元にこれしかないではありませんか。いつぞや一緒に選んだ反物もまだ仕立て中だというのに」
志乃は千代の手を取ると、それを両手で包み込むようにして握りしめる。そしてそっと自分の頬へと押し当てた。まるで祈るように目を閉じた志乃に、千代は何の反応も示さない。それでも志乃は言葉を尽くす。
「次に貴女に会えることを願って、着物は仕上げておきます故、必ず……必ず……この簪を挿して母の元へ再び帰ってくるのです。いいですね、千代」
志乃の頬を涙が伝う。それが千代の手の中の簪にぽたりと落ちた。それを見た千代はしばらくの間、手の中にある簪をまじまじと見ていたが、やがてそっとそれを自分の髪に挿した。
太郎がカプセルの中から小十郎に声を掛ける。
「父上、奥方様を」
太郎の意を汲んだ小十郎は、涙に暮れる志乃をそっと千代のカプセルから引き離す。志乃たちが離れたことを確認して、太郎は皆に向かって小さく頭を下げた。
それを合図にしたのか、カプセルが闇夜に吸い寄せられるように浮上を始める。正道たちはそれをただ黙って見送ることしかできない。次第に地上を離れていくカプセルを目で追っていると、千代がふいに地上を振り返り、そして正道たちの方に顔を向けた。それはほんの一瞬のこと。
しかし、正道は確かに千代と目が合ったと感じた。「ありがとう。さようなら」と、心の奥底に眠る娘の言葉が届いたような気がした。
月も星もない空で、輝きを放つ星間移動カプセルは小さな星のように煌めき、やがて闇夜に吸い込まれるように消えていった。